第25ターン ティスの過去

 前門の悪徳商人、後門の犯罪結社となったオルファリアは、カダーウィンの街を当てもなく歩き回っていた。

(いっそ、この街から逃げ出せば――ううん、それは駄目……!)

 オルファリアが居なくなれば、再びマリクたちがボルドントに苦しめられるだろう。それに、ボルドントほどの大商人の影響力がカダーウィンだけに留まるとは思えない。オルファリアが他の街へ移っても、そちらにもボルドントの手の者が居て連れ戻される可能性は高かった。

(それに、この街を離れるのは、お父さんを捜すことを諦めるのと同じ……!)

 その第一歩を踏み出して、一日目で挫折するなど、オルファリアには看過出来ない。

 オルファリアは必死になって己の頭を回し、手立てを探す。

「例えば……そう、わたしの……サキュバスとしての力を使って、何か――」

「――あ! オルファリアさん!!」

「うっひゃあっっ!?」

 無意識に己の秘密を口にしていた最中に、背後から呼び掛け。オルファリアはズッコケた。背中の鞄の口がしっかり閉じられていなかったのか、中身が地面に飛び散る。

「ぅわっ、ごめんなさい! アタシがいきなり声を掛けたから……!!」

 声の主はティスだった。オルファリアの過剰な反応にびっくりしながらも、散らばった彼女の荷物を大急ぎで拾い集める。

「う……ううん。わたしの方こそぼうっとしてたから――あ!」

 瞬間、オルファリアは声を上げていた。鞄から零れた荷物の中に、ボルドントとの契約書の写しが交じっていたからである。そして、その声でティスも問題の紙に気付く。オルファリアが止める間も無く拾い上げ……見る見る表情を強張らせた。

「……オ、オルファリアさん、これ……!? ううっ、アタシたちが巻き込んだから――」

「だ――大丈夫! 何とか出来る当てがあってのことなの!!」

 顔色を失うティスに、オルファリアはそう答えるしかなかった。

(自分から首を突っ込んで、それで危機に陥って……そのせいで年下の子に罪悪感を抱かせたら、それこそナートリエル様に顔向け出来ない!!)

 ここに到っては、オルファリアも腹を括るしかなかった。

「冒険者ギルドでは無理だけど……闇ギルドって所のお仕事なら、明日中にそれだけのお金を稼げる……はずだから! 借金を全額叩き返すのは……余裕よ!!」

 修道服のロングスカートの中で膝がガクガクしていたが、オルファリアは自信満々を装って言い切った。それでも、ティスは不安を隠せない顔でオルファリアを見詰める。

「でも、闇ギルドは一筋縄ではいかない所よ!? オルファリアさん、大丈夫なの……?」

 ティスの口ぶりに、オルファリアは違和感を覚えた。

「……ティスちゃん、闇ギルドを知ってるの?」

 ばつが悪そうにティスの顔が歪むが……落とした視線がオルファリアとボルドントの契約書の写しを捉えると、献身教ナートリズム修道女シスター見習いは意を決したように首を縦に振った。


「アタシ、元々はこの街のスラムへ捨てられた孤児だったの……」

 そのカダーウィンのスラム街区を、オルファリアを先導して進みつつ、ティスは己の身の上を語った。足取りに迷いは無く、彼女の話が真実だと裏付ける。

「物心付いた頃には、同じ境遇の仲間たちと徒党を組んで、スリとかかっぱらいをやって生活していたの。……その時、闇ギルドに籍を置いていたんだ……」

 子供がやることでも、それが窃盗……犯罪の範疇ならば闇ギルドは管理下に置こうとする。カダーウィンの犯罪の八割以上は闇ギルドが管轄しており、闇ギルドに許可無く行われた犯罪の下手人は、たとえ正規の役人から逃れたとしても……闇ギルドに消されるのだという。それが万引き程度の軽犯罪であり、犯人が幼子だったとしても……。

「ぼ、冒険者ギルドで聞いたものより、なお怖い話ね……」

「だけど、闇ギルドが犯罪行為を管理・制限しているからこそ、逆に犯罪の件数が減っている側面もあるって聞くわ。だから、国も闇ギルドの存在を黙認しているんだって」

 眉根の皺を深くするオルファリアに訳知り顔で言うティス。末端とはいえ、闇ギルドへ過去に実際に所属していた彼女の言葉は色々な意味で重かった。

「アタシは……ある時ドジったの。財布をスろうとして、それが相手にバレて、その相手が血の気の多い輩で……報復に何度も殴られて、蹴られて……殺されると思ったわ。だけど――」

 ――その時に割って入り、ティスを庇ってくれたのがマリクだったのだと。

「もちろん、悪いのはアタシだし、殺されても文句は言えなかったわ。それでも神父様は相手を宥めて……自分も殴られてまで説得してくれて、アタシを助けてくれたのよ。……本当に、カッコ良かったなぁ……。アタシはそれで神父様みたいになりたいって思ったの」

 そして、ティスは献身教ナートリズムへ入信し、マリクの教会に修道女シスター見習いとして住み込み始めたのだという。以来、スリやかっぱらいからは足を洗い、闇ギルドにも近付かなかったそうだが――

「……神父様の教会を守る為に、オルファリアさんがここまで身体を張ってくれたんだもの! 闇ギルドの力を借りるしかもう手がないなら……アタシも力を貸すわ!!」

 そんなティスの案内で、オルファリアはスラム街の一角、路地の奥に口を開けた下り階段へ到着する。その前でしゃがむティスと同年代の少年が、明色のツインテールにギョッとした。

「テメエ……ティス!? 今さら何の用だ!?」

「……用があるのはアンタじゃなくて闇ギルドによ。早く合言葉を言いなさいよね」

 ティスが促すと、少年は苦虫を噛み潰した顔で何事か囁いた。それにティスが囁き返すと、舌打ちして階段の前から退く。ティスはオルファリアの手を引いて階段を下った。

「……折角こんな掃き溜めから出て行けたのに……何戻ってきてんだ、馬鹿っ……」

 通り過ぎ様、少年が口の中で呟いた言葉がオルファリアの耳には届いた。胸に表現のし難い感情が沸き立ち、彼女はティスと繫いだ手の力をほんの少しだけ増すのである……。

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