第23ターン 冒険者ギルド・カダーウィン支部長

 黄昏にはまだ早い時刻、オルファリアは冒険者ギルド・カダーウィン支部を再訪問した。

「あ、オルファリアさん、お帰り。手紙は無事届けられたの? なら報酬は――」

「――それだけじゃ、全然足りないんです……!!」

 受付カウンターに体当たりしたオルファリアに、メイリンは目をパチクリさせる。

「このままじゃわたし、明日には今日初めて会った人に嫁ぐことに……! 自分にそんな日が来るのはまだ先だと思ってて……! それなのに、本当の恋も知らないまま好きでもない人と結婚して、そんな……!! キスだってしたこと無いのに~~~~~~!!」

(わたしサキュバスだけど! サキュバスだってそういうのに初めてはあるし、その初めてに少しは夢を見るんだからっっ!!)

「ちょ、オルファリアさん!? 落ち着いてー!」

 乱心のオルファリアを宥めて、メイリンは彼女から事情を訊き出していく……。

「ああ……最近マリクさんが慌ただしかったのは、そんな事態になってたからなのね。あんのデブ……また姑息な真似を……」

 ――オルファリアから事情を聞いたメイリンは、眉根に縦皺を寄せて吐き捨てた。

「メイリンさん、ボルドントさんについてご存じなんですか……?」

「この街である程度噂に通じてるなら、知らない方が珍しいわ。良い噂は皆無な奴よ」

 上目遣いのオルファリアに、メイリンは事細かにボルドントについて語っていく。

「商売人としては優秀だけど、綺麗な商売は全くやってないわね。儲けの為なら他人を陥れることも平気。だから、方々から恨みを買ってるわ。ただ、限りなく黒に近い灰色の領域だけど法には触れてないから、正攻法ではどうにも出来ないのよ」

 それはマリクたちの件からも窺い知れた。メイリンはボルドントの私生活も暴露する。

「金を稼いでそれを使うことが趣味みたいな奴だけど、女好きでも有名よ。一応は結婚してる奥さんだけで三人、そうじゃない愛人も十数人は居るわね」

 大陸のほとんどの国は、一人の男性が複数人の妻を持つことを禁じてはいない。とはいえ、何人もの女性を同時に養える経済力、それぞれの妻を万遍なく愛せる甲斐性など、要求されるものが多い為、実際に行っている者は限られる。

「……そういう極めて稀な人に目を付けられたんですね、わたし……」

「でもね……ボルドントの女性の好みって、オルファリアさんから外れてるはずなのよ。美人で体型にメリハリがある女性なのは合致してるけど、大前提としてなのは絶対外さなかったし、今までは……」

(……うぅん?)

 オルファリアの胸に何か引っ掛かったが、それが明確化する前に状況は変化する。

「――メイリン、何を話し込んでいる? あと少しすれば、依頼を終えた冒険者たちが一気に戻ってくるぞ。対応の準備をしろ」

 重低音の声を聞いた途端、メイリンの表情が仮面のように凝固した。

「――申し訳ありません、支部長。ですが、彼女、オルファリア・アシュターさんは本日登録したばかりの新人の冒険者です。可能な限り話を聞き、力になれる部分は力になるのも冒険者ギルドの職員の責務かと考えます」

 オルファリアと話す時の良い意味で砕けた口調は鳴りを潜め、丁寧だが事務的な口調で返すメイリン。彼女と支部長なる人物の間に緊張が張り詰め、オルファリアは息を呑む。

(この支部長ひと、『ドワーフ』だ……)

 メイリンとは対照的な分厚い筋肉を纏う太い体型を、こちらは執事的な冒険者ギルドの男性職員の制服で包む。けれど、身長はオルファリアとあまり変わらない為、ずんぐりとした印象だ。肌の色は褐色、焦げ茶色の髪と髭で装われた顔付きは巌のようである。それらは典型的なドワーフ男性の特徴だった。

 ドワーフは元々地下に住み、そこを掘り広げて街や国を造っていたという。そして、地下の資源の代表たる鉱物に親しんできた。彼らは種族的に金属加工の才に富む。

 ただ、故にドワーフとエルフは伝統的に仲が悪い傾向が強いのだ。ドワーフの生む金属製品は伐採という形で森を傷付ける為に使われることも多く、森に住み、そこを愛するエルフたちには侵略の象徴と言える。ドワーフの側としても、鍛冶の為に必要な燃料、その最もたる樹木を独占したがるエルフたちは目の上のたんこぶなのだ。

 人間マンカインドを始めとした他の種族を交え、交流が進んだ現在でこそ敵対することは減ったが、それでもエルフたちとドワーフたちの間には深いわだかまりが存在する……。

 その縮図がオルファリアの目と鼻の先で展開していた。

「……す、すみませんっ。お邪魔でしたら、わたしは下がりますから――」

 オルファリアの方がそれに耐え切れなくなり、場を辞そうとした――が。

「……待て。オルファリア……と言ったか?」

「は、はい……? そうです、けど……?」

 ドワーフはオルファリアを呼び止めた。続けて彼はメイリンに呼び掛ける。

「今日、登録が完了した冒険者なんだな? 登録希望者ではなく?」

「……ええ、そうですけど……?」

「……なら、無関係か? しかし……」

 メイリンの回答に暫し黙考した支部長は、唐突に手のひらを返した。

「……新人にトラブルなら、冒険者ギルドとしても放っておくわけにはいかん。カダーウィン支部の長を務めているガストムだ。俺にも事情を聞かせてもらいたい」

「は、はいっ? え、ええと――」

 改めて名乗った冒険者ギルド・カダーウィン支部長ガストムに、オルファリアは混乱しつつも自分が置かれている状況を説明していった……。

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