第22ターン オルファリア、貞操の危機!?
――が、そんな
「………………え?」
クッションはフワフワで、手触りは滑らかで、それが逆に落ち着かない豪奢なソファーの上で、オルファリアは全身を滝のように濡らす冷や汗を自覚していた。
彼女の対面には、同様のソファーを押し潰す肉塊……肥満し切り、オルファリアの三倍以上の体積を獲得した男の威容。剃り上げられた頭は照り輝き、真ん丸な顔には人の良さげな笑みが貼り付く。着ているのは清潔なシャツとズボンだが、ブクブクに太った体型に合致する時点で特注品なのは明白。よく観察すれば、ボタンは金銀宝石の成金趣味だ。
彼こそボルドントだが……今、最も重要なのは、彼とオルファリアの間の応接テーブル上の何枚かの契約書である。正しくはそれの写し。本物は既にボルドントが回収し、背後の初老の秘書の男性の持つ封筒に収められていた。オルファリアの署名がされた純白の紙には、黒色のインクで長々と文章が記載されているが……要約すると次の三点にまとめられる。
――『マリクの借金は、その一切をオルファリアが肩代わりする』
――『オルファリアが負担することになった借金の返済期限は翌日である』
――『期日までに借金が返済されなかった時、オルファリアはボルドントの妻となる』
「…………え?」
マリクからボルドントの所在を聞いたオルファリアは、そこへ乗り込んだ。カダーウィンの中央に近い、広大な邸宅。この街で一、二を争う豪商だというボルドントは、アポ無しの突撃にもかかわらずオルファリアとの面会を快諾し――今に到る。
(……い、いつの間にこんなことに……!?)
小一時間ほどの交渉で、どんな話し合いの果てにこのような結論に到ったのか……記憶には残っているものの、オルファリアには信じ難いことであった。
オルファリアとて
(そ、それは……うん、認めるしかない、けど……で、でも、それにしたって――)
言いくるめられ、借金の増額、返済期日の前倒しなどになったならオルファリアにも解る。
(……何でわたし自身が借金のカタになったのか、それが理解出来ない……!!)
オルファリアは恐る恐る視線を上げ、ボルドントを見る。そこには今も満面の笑みがあって――ただ、その小さな双眸だけは笑っていない……。
――粘度の高い炎を燃やし、オルファリアの全身を執拗に眺め回していた……。
……単にボルドント、マリクたちの教会の土地よりオルファリアを欲しただけである……。
(何で!? わたし一二歳で……まだ子供なのに!? それと結婚とか――あ、わたし、一四歳のふりしてた……って、それでもずっと年上、この人は! 親子ほども歳が違うのに……!?)
これは、オルファリア自身が無自覚過ぎた。幼さを多分に残しつつも花のように整った彼女の容貌には、お伽話の妖精の如き可憐さがある。反面、身体つきは早熟で、充分に男好きするものだ。そんなアンバランスな魅力に溢れた少女が、蝶のように策謀の網へ囚われにきたのである。それを餌食にする蜘蛛の如き欲望を抑えるのは、男なら難しい……。
それにしてもボルドントのこれは、今までの地上げの策謀を無に帰してでもオルファリアを手に入れようとするこれは、少なからず異常性を覚えるものだったが……。
何にせよ、マリクたちの借金の件は、オルファリアも完全に当事者となった。
オルファリア・アシュター、自称一四歳、実際は一二歳。貞操の危機である……。
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