第21ターン マリク神父とその教会の危機
……とはいえ、今日カダーウィンに着いたばかりで土地勘が無いオルファリアに託されたのは、配達先が解り易い手紙だけだった。
「……マリク・ジャスミンさん……ですか?」
「そう、この街の
行き先を記した地図をオルファリアに渡し、メイリンは簡単な説明をする。
「見た目は少し頼りなさそうな男性だけど、いい人よ。オルファリアさんと同じ
メイリンに送り出されたオルファリアは、地図を頼りにカダーウィンの街を歩く。
「……メイリンさん、いい人だったな……」
(だからこそ、年齢について騙しちゃったことは心苦しいけど……)
「……せめて、受けたお仕事はしっかりこなさないとっ。ええと、
(……だけど、マリク・ジャスミンさんはそんな稀有な人なのかも……?)
オルファリアがそう思ってしまったのも致し方ない。
木の葉を模る
……その庭に、パンツ一丁の男性が俯せに倒れ伏している。
彼のすぐ横では、オルファリアと同様の修道服……
「――は!? そ、その……大丈夫ですかっ!?」
予想外の光景に凍結していたオルファリアは、何とか己を解凍してそこへと駆け寄った――
「――みっともないところをお見せして、申し訳ありませんでした……」
「……い、いえ……」
頭を下げるパンツ一丁……今は毛布も羽織った男性に、オルファリアは頭を下げ返す。
やはり、彼こそがマリク――この教会を任されている
……反面、身長は高いが体格はガリガリで、見る者に不安を覚えさせた。
(目を離したら餓死してそう……。実際、ここ数日間水しか飲んでなかったそうだし……)
見かねたオルファリアは、カダーウィンまでの旅の保存食で余った堅パンを提供したのだが……マリクはそれを共に居た
「それで……その、何故こんなことになってるんですか……?」
同じ
祭壇上の、要所を薄布で隠したのみの乙女の彫像……ナートリエルの聖像も、何処か申し訳なさそうにしているとオルファリアには感じられた。
「……これも全部ボルドントのせいよ! アイツがこの教会を奪う為に卑怯な真似を――」
「――ティス、それ以上はいけません。彼は法を犯してはいないのですから……」
柑橘類の如き鮮やかな色のツインテールを振り乱して叫ぶティスを、マリクがやんわりと、けれど切々と止める。首を傾げるオルファリアへ、マリクは困り顔で口を開いた。
「恥ずかしながら、この教会には借金があります。その証文を握っているのがボルドントという人で、彼は借金を返せないなら、この教会の土地を寄越せと言っていまして――」
「アイツの商会の新店舗の場所として、この近辺に目が付けられたのよ! それで元々住んでいた人たちを、あの手この手で追い出して……。この教会の借金もその為のでっち上げだわ! マリク様の前の前の前の神父様がボルドントの祖父さんから借りたとか!!」
リスのように愛らしい顔を怒りに歪め、マリクほどではないが瘦せ気味の身体を憤りに震えさせて補足したティス。その内容にオルファリアも絶句する。
「……仮にその借金が本当でも、今のこの教会が……マリクさんが負担する義務は無いんじゃないですか? 背負うべきはあくまでも当時の神父様なんですから……」
「……当時の司祭様は既に亡くなっておられます。その方の孫夫婦という方々がこの街にまだ住んでおられるのですが……ご病気で働けない身でして。そちらへこの借金を押し付けることとなれば、それこそどうなるか……」
苦渋の顔のマリクに、オルファリアも理解する。これは、件の司祭の孫夫婦が人質にされた形だ。マリクたちには本来関わりの薄い相手でも、弱者救済の女神・ナートリエルの信徒たるマリクは彼らを見捨てられない。
「……とにかく、教会を守る為には借金を返すしかありません。その為に八方に手を尽くしているわけです。そういえば……オルファリアさんはどうしてこの教会に?」
「――あ! はい、実はマリクさん宛てのお手紙を預かってまして……」
冒険者ギルドから託された手紙を、オルファリアはマリクへ渡す。……彼女にも、その手紙が何なのかが解ってしまった。
(……マリクさんが心当たりの人に送った、お金の無心のお手紙の返信なんだ……)
……そして、その手紙の束を「ありがとうございます」と受け取ったマリクの表情から、元よりそれが駄目で元々の試みであったことが否応なしに解る……。
マリクの頼みに先方が応じていたのなら、返されるのはあんな薄い手紙だけはあるまい……。
(…………。うん……決めたっ)
「……あの、そのボルドントという人とは、何処に行けば会えますか?」
「……え?」
オルファリアの質問に、マリクは面喰らった様子で眼鏡をずり落とした。
「やっぱり、こんなことはおかしいです。わたし、ボルドントという人を説得します! 借金について、考え直してもらえるように……!」
「い、いえ、しかし……今日会ったばかりの、無関係な人を巻き込むわけには……」
遠慮し、戸惑うマリクへ、オルファリアは断言する。
「わたしも
オルファリアにもまた、弱者救済の理念は骨の髄にまで刻まれていたのである――
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