第11ターン サキュバス無双

「……は、なるほどのう。悪魔デーモンにはこの世の毒など効かぬと聞く。人の世に紛れ、精魂アニマを奪う隙を虎視眈々と狙っておったわけじゃな。そこの小僧共は目を付けた餌じゃったか――」

「――決め付けないで下さい……!!」

 マンティコアの推理を断ち切ったオルファリアの声には、高い熱量の怒りが含まれていた。老面の獅子さえ軽く気圧され……同時に、不可解な事実が彼の魔獣の脳裏に閃く。

「……待てよ? サキュバス――悪魔デーモンの身で何故、お主は僧侶クレリックの魔法が使える!? 神々と悪魔デーモンは敵対しておるはずじゃ! 悪魔デーモンが神に仕え、神が悪魔デーモンに力を貸すなどあり得るはずが……」

「わたしは普通の悪魔サキュバスじゃありませんので! ……くぅっ……!?」

 マンティコアの疑問に解答のようでそうではない返事をしたオルファリアが、顔をしかめる。傷口自体は塞いだものの、マンティコアに刺された背中が未だ痛むらしく、ビクンッと細身を痙攣させた。反動で白い乳肉がプルンッと麗しく弾む。

 ……ゴブリンゾンビの一体が、その揺れにピクリと顎を上げた。

「……ぅ……はあっ……んっ……はぁっ……!」

 痛みは熱を伴う。オルファリアの吐く息は熱っぽく、頬は一段と赤みを増していた。首筋に浮かんだ汗の珠が、何の抵抗も感じさせずに鎖骨を、胸の稜線を、滑り落ちていく……。

 ……動く小鬼の死体の一つが、その軌跡に沿ってギョロギョロと眼を蠢かせた――


 ――《お色気ムンムンラヴ・フェロモン》……!


「……なっ、お主ら!?」

 マンティコアが異変を察知したのは、自分以外の者が砂利を踏む音が聞こえたからだった。元よりマンティコアの手駒であり、死してなお彼に従っていたゴブリンゾンビたち。それらがオルファリアの方へ歩き始めていたのである。マンティコアが何も命じていないのに……。

「どうした、お主ら!? 迂闊に動くでない――うっ……?」

 マンティコアがゆらりと傾ぐ。同時に、彼は己の鼻腔をくすぐる苺の如き香りに気付いた。それを嗅いでいると、彼自身もオルファリアの方へ向かいたくなってくる。禿げ頭を振って、魔獣は思考に掛かる靄を払った。

「これはサキュバスの体臭――か! 強烈な魅了の力を持つとは聞いておったが、短時間でここまで効くとは……! むせるほど濃い匂いが立ち込めておるぞ!!」

 マンティコアの分析に、オルファリアの頬がピクッと引き攣る。

「うぅっ、待つのじゃ、止まれ! 何をやっておる!?」

 マンティコアが声を張り上げるが、ゴブリンゾンビ共は止まらない。虚ろに濁っていたはずの目玉に劣情を灯し、その肌に触れたいというように宙にあるオルファリアへ腕を伸ばして、彼女の真下に集まっていく。……中には股間のイチモツを逆立てている者さえ居た……。

「まさか……今のゴブリン共まで魅了しておるというのかぁ!? ゾンビじゃぞ!? 生殖行為もままならん死体じゃぞ!? 何処まで節操が無いんじゃ!!」

「う――うるさいですよ! わたしだって好きで魅了してるわけじゃないんです!!」

 マンティコアに好き勝手言われていたオルファリアが、我慢出来ない様子で反論した。若干涙目の顔には怒りと羞恥が色濃い。体臭がむせるほど濃いとか、それに死体まで興奮しているとか言われてプルプルする様は、あまりサキュバスらしくない……。

 そんなオルファリアの右手の人差し指が、感情的にマンティコアへ向けられる。

「あのマンティコアを捕まえて下さい!!」

「あ? ――んなぁぁっっ!?」

 マンティコアは顎をガクンッと下げた。マンティコアに使役されるべきゴブリンゾンビたちが、一斉に翁面の魔獣との距離を詰め出したのである。それは、彼らの支配権がオルファリアへと完璧に奪われている証拠に他ならない。

「くそっ、この馬鹿共がぁぁ! 誰が主人かも忘れおって……!!」

 地団駄を踏み、それでもマンティコアの決断は早い。最も接近していたゴブリンゾンビへと跳躍、前脚でその首から上を刈り取る。

「舐めるなぁぁ! ゴブリンなど、どれだけ居ろうが儂の敵にならんわ!!」

 マンティコアの雄叫びは事実で、獅子の爪が、大蠍の尾が振るわれる度に小鬼の屍は砕け、動きを止める。首を断たれても、心臓を貫かれても、ゴブリンゾンビは倒れないが……原形を留めぬ肉塊、肉片に変えられてしまえば、流石に二度目の死を受け入れるしかない。

 ……逆を言えば、そこまでせねばマンティコアとてゴブリンゾンビを撃破出来ないのだが。その手間は彼の老面魔獣に隙を生む。大蠍の尾がゴブリンゾンビの一体を貫通した折にそれへと抱え込まれた。獅子の四肢にも小鬼の骸たちがしがみ付く。

「は、離さぬかこの阿呆共がぁぁ!! ……ぅぬっ!?」

 身を捻るマンティコアの正面へ、その時を待っていたオルファリアが舞い降りた。マグマを宿している如き真っ赤な顔面をますます燃え立たせ、囁くような声で宣告する。

「(……ほ、本当は使いたくないけど……これくらいしか、わたしにマンティコアを倒せそうな魔法はないし……)……こ、これでとどめですっ!!」

 オルファリアが震えつつ、両手のひらを自らの乳房から外した。重力を認識していないように上向いた連山の頂上には、薔薇水晶ローズ・クォーツから削り出された如き、美しく煌めく薄桃色が……。

 ――否、実際にそこは光を纏い始めていた。

「んっ…………ふっ……ふぁぁっ……!」

 痒みに耐えるような声がオルファリアから発せられる。共鳴する風に、彼女の全身の紋様が燐光を上げた。潮が満ちるように広がったその輝きが、潮が引くように両の乳房の先端に集束する。そこの光量が増すにつれ、オルファリアの声も艶を増していった。目を焼くほど強くはないが、目を離せないその眩さを強調するように、オルファリアは組んだ両腕で自身の乳房を挟み、持ち上げてみせる――

「ふわぁぁっ……! セ――《誘惑光線セクシービーム》ッッ……!!」

「ふぎょわぁぁっっ!?」

 ――途端、オルファリアの乳首より二条の閃光が迸った。衝撃を伴い、マンティコアを撃ち抜く。……ついでに、彼の魔獣を抑えていたゴブリンゾンビたちもバラバラにしたが……彼らは心なしか幸せそうであった……。

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