第10ターン 白旗は上げられない――だから

 ――わ……我らが主へ……

 偉大なる献身と慈愛の女神・ナートリエル様へ求め訴えます

 痛みを退ける優しきその御手を

 一時わたしにお貸し下さい……


「……ハ、《手当てハンド・ヒーリング》……!!」

「……ぬぅっ?」

 耳に届いた祈りの声に、マンティコアは片眉を跳ね上げた。彼とゴブリンゾンビたちの中間地点、ピリポよりは重かったせいか、そこで止まっていたオルファリアがふらつきつつも立ち上がる。背中に回した右手が淡く輝いているのは、それで触れた対象の傷を癒す、僧侶クレリック特有の回復魔法を自身へと用いているからだ。

「……何じゃ、小娘。まだ生きておったのか……」

「お……おかげ様でっ。あなたに刺されてから今まで、気絶してましたけど……」

 マンティコアへ軽口を叩くオルファリア。それは自分を鼓舞する為の強がりであると、脂汗を垂らす蠟のような顔色を見れば明白であるが……。

「……何故動ける? 儂のは存分に注入したと思ったのじゃが……?」

 大蠍の如き尾を揺らし、マンティコアの目には警戒の色が浮かんでいた。彼には、自らの毒への強い自負がある。オルファリアのような経験不足の僧侶クレリックの魔法で解毒出来るものではないと、ピリポのような駆け出しの冒険者が買える程度の解毒薬で中和出来るものではないと。

 ――ならば、何故オルファリアは麻痺していないのか?

「……生憎、体質なんです……」

「………………何じゃと?」

 オルファリアが囁いた回答が、マンティコアに警鐘を鳴らしたらしい。赤獅子の前脚が地面を踏み鳴らすと、既に意識無きピリポをなおも嬲っていたゴブリンゾンビたちがオルファリアに向けて滑り出した。まだ死に立て、傷みの少ない小鬼の屍の脚は意外に速い。真後ろからの急襲という形もあって、オルファリアの血塗れの法衣へ瞬く間に爪を届かせる。

 布が裂ける悲鳴のような音と――

 ――空気を打ち据える羽ばたきの音が重なった。

「……なぁっっ……!?」

 マンティコアがあんぐりと口を開け、頭上を振り仰ぐ。ゴブリンゾンビたちは残骸と化した法衣を手に、居なくなった中身に首を傾げていた。

 その全てを、オルファリアはこの場の誰よりも高い位置から見下ろしている。その頬が急速に血色を取り戻していっているのは、何とか背中の傷が塞がったから……だけではなく、蠢く小鬼の骸から逃れる為に法衣を犠牲にしてしまった羞恥心からだろう。

 ピリポがFカップと見破った乳房は左右とも形良く、圧倒的な張りで玉ねぎ型にまとまり、ツンッと上を向いている。オルファリアの繊手ではその美麗さをとても隠し切れない。

 くびれた腰から下肢へ続く曲線は艶めかしく、白桃の如き丸みを帯びたヒップラインはまさに瑞々しい果実そのもの。純白の質素な下着ショーツで飾られたそこを何とか隠そうと擦り合わされる脚線は、太股も膝小僧もふくらはぎも芸術品のように美しい……。

 男なら生唾を飲み込んで凝視するしかないオルファリアの裸身だが……マンティコアは今、三mを超す高さまでそれを飛翔させているものにこそ目を奪われていた。――彼女の背中から広げられた、その裸体すら包み込んでしまえそうな大きさのに。

 いや、その翼だけではない。左右の側頭部からは薔薇色の髪を貫き、山羊に似たねじれた角が伸び、臀部からは彼女自身の身長にも匹敵しそうなほど長い、先端がやじりのような形の尻尾が生えている。白磁の肌の各所には禍々しさと妖艶さを併せ持つ幾何学的な紋様が浮かび、へそと股間の間に位置する複雑なハート型のそれを中心に、脈動するように輝いていた。

 オルファリアの姿はとうに、純情可憐な僧侶クレリックのものではない――

「――!? その姿……か!」

 邪智が詰まったマンティコアの脳がオルファリアの正体を看破した。

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