第9ターン 死闘の果てに

「――うぅ……がっ……はっ……はぁっ……!!」

 ディアスの息が目に見えて上がる。全身から滝のように汗が流れ落ちて、旋回させたブロードソードに上体が大きく泳いだ。

「……ぜひゅっ……はがっ……ふっ……がっ……!?」

 滴らせる汗の量はロレンスも負けていない。魔法の煌めきが消えたレイピアへ新たな光輝を灯そうとして、それが叶わず膝を突いてしまう。

狂戦士覚醒バーサーク》は限界以上の身体能力を発揮出来る分、肉体に掛かる負担も著しい。そして、魔法の過剰使用の弊害は先にも述べられた通りだ。ディアスとロレンスの奮戦は、後先考えずに突っ走っていたからこそのもの。それは長くは保たず……今、力尽きたのである。

「……終わりのようじゃな? ――煩わしいわ!!」

「「――――っっ!?」」

 動きが止まったディアスとロレンスを、後ろ脚で立ったマンティコアの前肢が襲った。凶悪な爪が二人を引き裂き、吹き飛ばす。ディアスは頭から、ロレンスは背中から、直前に自らの手で運び集めたゴブリンの骸の山へと突っ込んだ。

「……ぬぅ……?」

 ――が、ゴブリンたちの死体が衝撃を緩和したらしく、ディアスもロレンスも剣を杖に身を起こそうとする。その様に不機嫌に歪んだマンティコアの表情が、ふと、残酷に綻んだ。

「……そうじゃなぁ……手駒共の無念、晴らさせてやるのも一興かのう」

 その口が、禍々しい旋律を唱え始めた――

「――まずっ、魔法!? そういえば、マンティコアには魔法を使う個体も……!!」

 ピリポが思い出した知識は、もう遅い。


 この身に宿りし精魂アニマ

 我が意に従いて物言わぬ骸へ移れ

 朽ちた骨肉を縫い合わせ

 亡者に仮初めの命を与えよ――


「――《死人返りリビングデッド》」

 場の温度が急落したような感覚が冒険者たちを襲う。

 その寒気を振り払うように足を踏み出し掛けたディアスが、それを果たせずに転んだ。ただの一歩すら踏み出せぬほど疲弊しているのか……? ――否である。

「な、に……!?」

 呻いたのはを目撃したロレンス。ディアスの両足首に、枷の如く喰い込む五指がある。……ここに到るまでに、息の根を止めたことを何度も確認していたはずのの。

 ディアスばかりではない。ロレンスの頭や肩も地面へ押さえ込まれる。それを実行するのもまたゴブリンたち。……ある者は開いた腹から臓物を零し、ある者など首から上が無い……。

「ゴブリンの……『ゾンビ』!? このマンティコア、死霊術師ネクロマンサーの類いだ……!!」

 ピリポが蒼白になって唸る。正しく弔われなかった死体が再び起き上がり、生者を襲うようになった存在をゾンビというが、普通はそうそう発生しない。だが、魔法にはそれを意図して起こせるものもある。彼のマンティコアはその手の魔法を得意としているらしい……。

「うぅっ……がぁっ……!?」「くっ……やめろっ……離せ……!!」

 十数体を数えるゴブリンのゾンビたちの中に、ディアスとロレンスが呑み込まれる。一度は撃滅した相手とはいえ、極大の疲労を抱えた彼らではひとたまりもなかった。その上、とうに死んでいるゴブリンたちは、心臓を貫こうと斬首しようと再び殺すことは出来ない。手立ての無いディアスとロレンスの悲鳴は、やがて聞こえなくなった……。

「……ああ、畜生っ! おいらはこんな所で死んでたまるか……!! ごめんよっ」

 ディアスとロレンスに置いていくことを詫び、ピリポはこの空洞の出口へ向かった。幸いにも、ゴブリンたちの死体は一箇所に集めておいたおかげでその方向には無い。マンティコアが座する地点とも真逆。洞窟自体の出口までの順路も、ピリポの頭には叩き込まれていた。彼が敏捷性に長けた種族ピグミットであることも考慮すれば、逃げ切れる可能性も低いものではない――

 ――そう、彼の身一つならば。

「どっせぇぇええいっ! ……くそぅっ、いくら女の子でも、やっぱ重い……!!」

 ……オルファリアを抱え、引きずるピリポの歩みは遅々としていた。己一人なら逃げ切れると解っていても、仲間の少年二人まではこの場に残していくことを甘受出来ても……まだ花も咲き切っていないような少女をここに捨てていくことは、ピリポも出来なかったのである。

 そんなピリポの姿は、マンティコアには途轍もなく愚かしく見えたのかもしれない……。

「――ぐぇっ!?」

 のっそりと追い付いた老爺顔の魔獣は、後ろ脚でピリポとオルファリアを蹴り付けた。衝撃でピリポは鞠のように跳ね転がって……ゴブリンゾンビの群れに突っ込む。

「……オ……オルファリアちゃ……ああああっ……!?」

 小鬼の亡者に蹂躙されるピグミットを、マンティコアは鼻で嗤った。マンカインドの戦士ファイターもハーフエルフの魔法戦士ミスティック・ファイターも、最早動かず壊れた笛のような呼吸音を漏らすのみ。ここに、自らの分を弁えなかった冒険者たちの全滅という終幕が訪れたのである――

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