第8ターン 老爺の顔の赤き獅子

 唐突な事態に、オルファリアの仲間三名は誰も動けなかった。

 オルファリアが寸前まで居た地点の向こう側……松明の光が届かない暗闇から、彼女をそのような目に遭わせた下手人が姿を現す――

「……外を散策しておれば……儂の手駒共をよくもやってくれたのう、冒険者共……!?」

 しわがれた声で怒鳴ったその顔は、ゴブリンに劣らず醜い。ひしゃげたような顔面は性悪な老爺の如く。大部分は禿げ上がった頭には縮れた髪が申し訳程度に生えるのみ。

 しかし、その頭部が繫がるのは、赤い毛並みの獅子の胴と四肢であった。さらに、尾は巨大な蠍のそれ。先端の槍穂の如き針が血塗れなことから、直前にオルファリアを背後から貫き、持ち上げて放り捨てたのがその尾に他ならないことが解る。

 ゴブリンは繁殖力旺盛で増やし易い。また、頭が足りない分、従えることも容易だ。だから、他のより強大な魔物モンスターがゴブリンを手駒として使役していることも珍しくはない。……この洞窟のゴブリンたちもそんな集団であった、それだけのこと――

 この地のゴブリン共を統べていた魔獣・『マンティコア』は、ディアスたち三人を睥睨した。

 ――凄絶な感情を両眼に燃やし、ディアスとロレンスが剣を手に飛び出す。

「よくもオルファリアをっっ!!」「貴様ぁ……殺してやるっっ!!」

「待って、ディアス、ロレンス! おいらたちの実力じゃマンティコアは……くそっ」

 ただ一人冷静さを保っていたピリポの声は、ディアスとロレンスには届かない。舌打ちしてピリポはオルファリアの許へ駆けた。仰向けの彼女の胸は、ゆっくりとだが上下している。だが、長い睫毛に飾られた瞼は閉ざされて開く気配は無い……。

「人工呼吸と称してキスしたり、心臓マッサージと称しておっぱいを揉み回す好機なのに!!」

 本音を述べつつも行為は自制し、ピリポはオルファリアを俯せにひっくり返す。そして、目を見開いた。彼女の法衣の背面は腰を中心に血に染まり……その色が妙にドス黒い……。

「毒……!!」

 マンティコアの尾の形を鑑みれば不思議ではない事態。ピリポは血を吸って解き難い貫頭衣の帯をナイフで切断し、貫頭衣自体もめくってオルファリアの患部を露出させた。そこに腰のポーチから取り出した小瓶の中身をぶちまける。

「『毒消しの水薬アンチドーテ・ポーション』……だけど、こんな安物が何処まで効くか……!?」

 致死毒ではないことを祈り、ピリポはディアスとロレンスの方を振り返る。撤退しようにも、ピリポではオルファリアを運ぶのは難しい。ディアスかロレンスへ託すしかないのだが――

「うぅがぁぁああああああああああ――――――っっっっ!!」

 ――獣染みた咆哮を上げ、ディアスが技も無くブロードソードを振り回していた。けれど、尋常ではないその剣速はマンティコアの横っ面を打ち据える。微かに獅子の前脚が折れた。

 気が触れたかの如きディアスの暴れっぷりは、《狂戦士覚醒バーサーク》なる戦士ファイターの奥の手。己の理性を押し込め、戦闘本能を限界まで引き出し、身体能力を過剰に引き上げるのである。

「刺されぇぇっっ!!」

 燐光を纏うロレンスのレイピアが、剣先をマンティコアの横腹に喰い込ませた。武器の鋭さを一時的に上げる《快刀乱麻を断つシャープ・エッジ》の魔法。それは、格上の敵であるマンティコアの防御をも貫通する力を、ロレンスにもたらしている。

 ディアスとロレンスの猛攻に、マンティコアは確かに傷付いていた。二人の仲間の奮闘に、ピリポの目にも微かに希望の光が灯る。

「……もしかして、このまま勝てちゃう?」

 ……それが希望的観測に過ぎなかったと、すぐに直面することになった――

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