第7ターン 急襲

 ディアスたち三人が気の抜けた会話をしていた理由は、周囲の状況が物語っていた。所々に松明が燃える、ちょっとした貴族の屋敷の広間ほどもある空間。この洞窟内では最も広い場所で、その分多くのゴブリンが……恐らくはこの群れの残る全てが集まっていた。……十数を数えたそれらは、既に全員息絶えているが。

 いくつもの苦難を越え、一行はゴブリンたちを壊滅させる使命を達成していたのである。

「後は、依頼達成の証明となるものを持って帰らねえとな。……けど、ゴブリンの死体を全部持って帰るわけにもいかないよなぁ……?」

「そういう時は、群れのボスの首か持ち物で良いだろう。ボスを倒したことを証明出来れば、群れを滅ぼしたことも大概信じてもらえる――」

「――で、ボスってどいつだよ?」

「……僕は知らない。オルファリア、ピリポ、それらしい奴に心当たりはないか?」

 ディアスと言い合っていたロレンスが、オルファリアとピリポへも確認を取るが、二人も首を横に振った。

「……これだけの規模の群れなら、何らかの上位種がリーダーを務めてないと瓦解すると思うんですけど……」

「……オルファリアちゃんもそう思った? そうなんだよねー。ここまでの群れだったのに、統率してると思しき奴が見当たらなかった……」

 ピリポは聞き耳などの盗賊技能シーフ・スキルも使いこなすが、その本職は吟遊詩人バード……音楽家にして各種伝承にも明るい有識者である。その分、魔物モンスターに関する知識も並々ならぬものがあった。そんな彼の知識と照らし合わせると、この状況には不自然さを覚えるらしい。

「……この場で倒したゴブリンの数に、道中で倒したゴブリンの数も加えると四〇体に届くんだ。ここまで群れなら『ゴブリンチーフ』が居ても不思議じゃないんだけど……?」

「わたしもそう思います。でも、居ませんでしたよね……?」

 ピリポやオルファリアが話すように、ゴブリンは愚かだ。個々が好き勝手に動くのが普通である。だから一定数以上の群れには、個体ごとの無法を抑制し、全体を統率する者が居るはずであった。それらを行える、知力の高い突然変異個体を小鬼の族長ゴブリンチーフと呼ぶのだが――

「――それらしい奴は見なかったんだよね。逃がしたかな……? でも、よくゴブリンチーフなんて知ってたね、オルファリアちゃん? ディアスもロレンスも全然知らなかったのに」

「「おい、こら」」

「え、ええと……お母さんに聞いたことがあったんです。お母さんも昔、冒険者だったので」

 ピリポの台詞にいきり立つディアスとロレンスに申し訳なさそうにしながら、オルファリアはそんな風に説明した。ただ、その話題を続けることを拒むように、話の方向を転換する。

「……少しだけ、祈る時間を頂けますか? 魔物モンスターでも、弔われずに打ち捨てられたままなのは偲びありませんから……」

「……そうだね。それに、このまま死体が腐って病の温床になったら、村にも迷惑だよ」

「じゃ、ゴブリンの死体集めて……燃やすか? ロレンス、火の魔法よろしく」

「それで火事になったらどうする? 穴を掘って埋めればいい。肉体労働は貴様の領分だ」

 それぞれが冒険の後始末の為に動き始めた。男性三名がこの空洞の方々へ散り、ゴブリンの骸を一箇所へ集めていく。オルファリアは彼らの背へ目礼し、跪いて両手を胸の前で組んだ。

「……偉大なる献身と慈愛の女神・ナートリエル様。今、ここに生を終えた魂たちに安らぎをお与え下さい。新たな命として生まれ落ちるまで、暫しその腕の中で微睡みの時を――」

 ――ドスッッ……!!

「………………っえ……?」

 ……突然、オルファリアの祈りが途切れた。併せて鈍い刺突音。ディアスが、ロレンスが、ピリポが振り返れば、オルファリアのたおやかな肢体二mを超す高さまで浮遊していて――

 ――次の瞬間、放物線を描いて飛翔した。幼児に投げ捨てられた人形のように洞窟の地面へ激突、幾度も跳ねて転がったオルファリアは壁面にまで衝突し……動かなくなる。

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