第5ターン 摘んで、つねって、引っ張って

 涙目のオルファリアの懇願に、ロレンスは固まる。

 現状でロレンスが蜘蛛を捕獲するには、オルファリアの服の内へ手を突っ込む必要があった。さらに居所が不明な蜘蛛の行方を探る為、オルファリアの肌の上をまさぐる必要もある……。

「そんなことは出来ない!」と拒否するのが普段のロレンスだ。けれど、目尻に涙の粒を溜め、「ひっ……胸でカサカサ動いてる……!」と声を震わせるオルファリアの切羽詰まった様子に、彼は彼女を見捨てるような言葉を口に出来ない……。

「あ、う、あ…………わ、解った。う、動かないでくれよ、オルファリア……!」

「――んっ!?」

 ロレンスは、オルファリアの法衣の腋の部分から、右手を中へ侵入させた。途端にピクッと反応するオルファリア。ロレンスの口が何かに耐えるように引き結ばれる。

「……ん……んっ……ふっ……!」

 ロレンスの指が蠢く度、オルファリアの左乳房が形を変えるのが、法衣越しにも解る。その都度、オルファリアが殺し切れない息を吐いた。空気が桃色に染まっていくようである……。

(こ、これは行為ではない……! そうだ、蜘蛛……蜘蛛は何処だ……!?)

 ロレンスの祈りが何らかの神に聞き届けられたのか、彼の指先が感触の違うものに触れる。上質な絹のように滑らかなオルファリアの肌の上、異質なそれをロレンスは親指と人差し指で挟んだ。最初にそれに触れた瞬間、オルファリアが一際大きく震えたことには気付かずに――

「――ひぁっ……❤」

 オルファリアが、これまでよりも大きな、鼻に掛かる声を上げた。動揺に心臓を跳ねさせたロレンスだが、右手の親指と人差し指の力は抜かない。そこに、確かにあの蜘蛛と同じくらいのサイズの何かを捕らえていたからだ。

 ……ロレンスの瞳が横道の入口の方を見るが、そちらからディアスやピリポが顔を出すことは無い。先のオルファリアの声に、彼らは気付かなかったようだ。二人に今の状況を見られるのは極めてまずいと客観視したらしいロレンスは、迅速に蜘蛛と思われるものをオルファリアから引き離そうとする――が。

「ひぅっ……!」

「な、何だ? 取れない……!?」

 オルファリアから悲鳴染みた声が出るほど強くロレンスが引っ張っても、蜘蛛と思しきものはオルファリアの乳房から離れない。

「まるで同化しているような……? くっ、どうなっている……!?」

 縦に横に、ロレンスは蜘蛛であるはずの物体を転がすように動かしてみるが、オルファリアの皮膚とそれの密着は一切緩むことが無かった。

(それどころか……こいつ、少し膨らんできたような……? 硬くもなってきたか……!?)

 困惑顔のロレンスの前で、オルファリアはか細い声で喘いだ。

「……ロ、ロレンス……くんっ、そ……それ……蜘蛛……ち……が……!」

「だ、大丈夫っ、もう少しで取れる!」

 つらそうなオルファリアの顔に、これ以上彼女に負担を掛けられぬと感じたのか、ロレンスの指は動きを激しくした。摩擦熱で火が点きそうな勢いで、摘んだ豆粒大の存在を捻り回す。

「ひゃっ!? ひっ、いっ、うっ……! はっ、あ、あっ……ぅあっ……❤」

 ロレンスの指先の動作に連動するように、オルファリアが悩ましげに息を荒げた。いつの間にか、その頬は熟した林檎のように色付いている。

「……ら……めぇ……! ロ、ロレンスくんっ……それ以上は、本当に取れ……あっ❤」

「ああ、すぐに、すぐに取るから!」

「……ら、らから……ひが……そうら……あひゅぅっ……❤」

 ……ロレンスの言葉とは裏腹に、蜘蛛らしき何かは一向にオルファリアの肌から離れようとはしなかった。既に十数分はこの作業を続けており、「あ……あっ……!!」と啼くオルファリアにも限界の様子が見て取れる。とうとうロレンスは、最後の手段に出ることにした――

 ――親指と人差し指に全開で力を籠め、その指先に挟んだものを潰しに掛かる……!!

「あっ……!? いっ――きゅぅぅううううううううううううううう~~~~~~んっっ❤」

 その瞬間、オルファリアの肢体がビクビクビクンッ!! と跳ね回った。何かを押し殺すように両手を口元に当てて……それでも留められなかった絶叫は、隠し様も無く甘い……。

「……オルファリア……? ――ん?」

 真珠の如き涙の粒を溢れさせ、「ふぅぅ……ふぅぅっ……!」と息吹を鳴らすオルファリアに、流石にロレンスもおかしいと気付いたのだろう。彼女を凝視して――そこで発見する。

 ……自らの黒い前腕部をカサカサと這う、オルファリアを怯えさせていた蜘蛛を……。

 ロレンスの腕から滑り落ちたそれは、そのまま地を駆けて闇の中へ消えていった。

「……。な、何だと……? なら、僕が今も摘んでいるは……?」

 ロレンスが無意識にを指の腹でクリクリとつねり回すと、オルファリアの珊瑚のような唇から「んっ……あっ……❤」と熱っぽい泣き声が上がった。

「……ロレンス、きゅん……お願ひっ……もぅ許しへ……っ。しょれ……蜘蛛じゃなくへ……わたし、のっ……くびぃ……んきゅぅっ……❤」


「……何か、騒がしくない、ディアス?」

「……ああ……どうかしたのか、オルファリア、ロレンス?」

 横道の奥のざわつく空気に、その入口に立っていたピリポとロレンスは中を覗き込む。

 ……そこには、顔から炎を上げそうな様相のオルファリアの前で、額をガンガンと地面へと打ち付けるロレンスの激しい土下座が繰り広げられていた。

「「――――!?」」

 ディアスとピリポの困惑は、計り知れないものであったという……。

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