第4ターン 精魂――アニマ、そして蜘蛛

 ……それから暫し後。

「はぁ……はぁっ……!」

「ぜぇ……はっ……くそっ……!」

 洞窟内の行き止まりになった横道で、オルファリアとロレンスがへたり込んでいた。心配げに二人を見下ろすディアスとピリポ。……特にディアスの表情には罪悪感が滲んでいる。

「ごめん、オルファリア。……ロレンスも、わりぃ……」

「本当にな! これだから田舎者は、ことあるごとに盛りの付いた豚のように……!!」

「んなっ! だ、誰がいつ盛ったよっ!?」

 オルファリアの反応を気にしつつ、ディアスが暴言を吐いたロレンスへ剣呑な目を向けた。それに、ロレンスもいつもよりなお険しい視線をぶつける。両者が睨み合った。

「ディアスくんもロレンスくんもやめて下さい! ゴブリンの巣の中で喧嘩なんて……あぅ」

 二人の間へ割って入ろうとしたオルファリアが、立ち眩みがしたようにふらついた。その姿が、ディアスとロレンスに冷水を浴びせたらしい。口をへの字にした彼らが目を逸らし合う。

「……ま、オルファリアちゃんもロレンスもこの有様じゃ、動き回るのも危険だしね。幸い、ゴブリン共の追撃も止んだし……ここで少し休もう」

 年長者、そして僅かばかりでも冒険者の先輩らしく、ピリポがまとめる。

 ロレンスが殺した深緑のゴブリンの怨念が届いたのか……その断末魔を聞き付けて、増援のゴブリンが四体、五体と集まってきたのはどれほど前だったか? 脚を痛めて立ち上がれないディアスに代わって奮戦したのはロレンスである。

 彼は、冒険者でもなれる者が限られることから『エリート職』と評される魔法戦士ミスティック・ファイター。剣ばかりでなく魔法も扱える万能者であった。

 ……しかし、如何にエリートでも多勢に無勢。こちらよりも数が多いゴブリンを撃退するには剣だけでも魔法だけでも足りず、その両方を組み合わせる必要があった。

 魔法とは、その形態は様々だが、使用には術者の根源的な生命力や精神力……一般的に精魂アニマと称されるものを消費する。精魂アニマそのものを己が意志力で変容させて扱うのがロレンスのような魔法戦士ミスティック・ファイターの魔法で、精魂アニマを神に捧げて助力を願うのがオルファリアたち僧侶クレリックの魔法だ。

 ロレンスは湧いて出たゴブリンを倒す為に魔法を多く使い、精魂アニマを多量に消耗したのである。対してオルファリアが消耗した理由は、今はしかと地を踏み締めて立つディアスを見れば明白。古今東西、傷付いた仲間の傷を癒すのは僧侶クレリックの魔法と決まっているのだから……。

「……俺は、またゴブリンが来ないか見張っとく」

 ぶっきらぼうに言ったディアスが、横道の入口付近へ歩いていく。オルファリアとロレンスの消耗は、彼の迂闊さに端を発したこと。その責任を少なからず感じているのだろう……。

「あー……ディアスだけじゃゴブリンの接近を察知し切れないかもしれないし、おいらも行くよ。おいらの本職は盗賊シーフじゃないのになぁ……」

 ぼやきつつディアスを追ったピリポに、「お願いします」とオルファリアが頭を下げた。

 二人残されて、オルファリアとロレンスはお互いの息遣いのみを聞く……。

「……ロレンスくんは、どれくらいで回復しそうですか?」

「……正直、結構掛かりそうだ。立て続けに魔法を使ったからな……」

 ロレンスが着けている鎧は、丈夫な布の中に綿わたを詰めた物だ。それでもゴブリンが振り回す棍棒や短剣程度なら受け止めてくれるし、何より軽くて動き易い。けれど、今はその重ささえ億劫であるように、ロレンスは肩で息をしている。

 生きてさえいれば、精魂アニマは休息で回復するが……消耗が激しければ、その分はやはり長時間休まなければ戻ってこないのだ。

「オルファリアはどうだ? ディアスの傷はかなり深かったようだが……?」

「わたしは少し休めば大丈夫です。精魂アニマの回復は早い質ですから」

 治す傷が深ければ深いほど、その為の魔法を使った僧侶クレリックの消耗も酷くなる。そのことを心配してのロレンスの言葉だったが、オルファリアは心配無用と微笑んだ。

 二人にとっては敵地に違いない場所であったが、妙に穏やかな空気が流れていく。ディアスやピリポには辛辣なロレンスの言動も、オルファリア相手には少し柔らかかった。

 だが、その時間はオルファリアから唐突に放たれた緊迫感で終わりを告げる――

「……どうした、オルファリア?」

「……く……蜘蛛……っ」

 蒼白の顔色、掠れた声で呟いたオルファリアの鳶色の瞳の動きを追えば、ロレンスも事情を悟れた。彼女のケープに包まれた左肩に、豆粒サイズの蜘蛛が一匹。

 野外の洞窟内、蜘蛛が居ても何ら普通のこと。しかし、そんな虫一匹が、オルファリアには魔物ゴブリン以上の強敵であるらしい。

「……解った。僕が捕まえるから動かないで――」

「――ひっ……!?」

 中腰になって手を伸ばしたロレンスに驚いたのか、蜘蛛は意外な速さで逃げてしまった――へ。……隙間の多い貫頭衣が災いした。

「す、すまない。これでは僕にはどうしようも――」

「――ロ、ロレンスくんっ、早くっ、取って下さい……!」

「………………え?」

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