第3ターン 《快刀乱麻を断つ》

「くっ……!? くそっ……!」

 ディアスの硬革の胸当てに、深緑のゴブリンの短剣が幾本も傷を刻んでいた。鎧の隙間から覗く皮膚にも赤い線が複数走っている。なのに、ディアスの反撃は相手に掠りもしないのだ。

 初手の先制が嘘のような苦戦である。……ただ、その理由は一目瞭然であった。

「何だあのへっぴり腰は……!?」

 ロレンスが苦虫を噛み潰すのも無理はない。ディアスの腰は思い切り後ろへと引けていた。矮小なゴブリンと頭の高さがほぼ同じになるほどである。ディアスの身長が一六〇cm、人間マンカインドの男性としてはチビなことを差し引いても低過ぎた……。

「原因はあれだよ、ロレンス」

 ロレンスの背中から肩越しに伸ばされたピリポの指の先には、こちらはゴブリンを圧倒するオルファリアの勇姿。その戦いぶりは――

「はっ!」

 ――たゆんっ。

「それっ!」

 ――ぷるんっ。

「えぇいっ!!」

 ――ぽよんっっ。

「………………」

 ロレンスも少し前屈みになった。

 モーニングスターを振るった反動で、オルファリアの胸部で踊る物体が二つ。法衣の胸元を押し上げる膨らみは、彼女の低い背丈や全体的には華奢な体格の中では一際目立っていた。

「あれは『F』、おいらの見立てに間違いはない。オルファリアちゃん、顔立ちや背丈を見ると本当に一四歳か疑わしいくらい幼げだけど……あのおっぱいの弾みっぷりや肉感的なお尻を目にすればそんな疑念吹き飛ぶよねぇ……。むしろ、一四歳であのカラダは発育良過ぎっ」

「やめろ……僕の耳元で邪念を囁くな……!」

 ピリポの解説にロレンスの顔が赤みを帯びるのは、怒りか、それとも別の感情のせいか?

 何にせよ、ディアスの不調の原因はだった。視界の端でそんな風にオルファリアの柔肉が弾みまくっていたせいで……のだろう。

「スケベと定評なゴブリンがそれでも戦闘に集中する中、あの馬鹿は何をやっている!?」

「責めないであげて! ディアス、一五歳だもん。性欲はゴブリンの比じゃないんだよ!!」

 ロレンスとピリポに好き放題言われているディアスだが、彼にも情状酌量の余地はあった。オルファリアの法衣は貫頭衣。それも、高温多湿なこの地方に合わせて横側は縫われておらず、腰の辺りで帯を締めて留めているのみだ。

 要するに……腋が丸見えなのである。それどころか――も。

 さらなる衝撃的な事実として――――オルファリアはだった。

 つまり、何かの拍子に零れ落ちても不思議ではない有様であり、そこまではいかずとも先端の突起が見えてしまう可能性が――

「これでとどめです! ……え? ああっ!?」

「ぐあっ……!?」

 一段と大きく振るわれたオルファリアのモーニングスターが褐色のゴブリンの頭蓋を砕き、彼女の乳房も一段と大きく跳ねる。――その躍動感に目を奪われたディアスが深緑のゴブリンに腿を深く刺され、地面に崩れ落ちた。彼の惨状を捉えたオルファリアが悲鳴を上げる。

「本物の阿呆だ、あいつは! オルファリア、僕が行く!!」

「あ、痛っ!?」

 ピリポを背中から滑り落としたロレンスが、腰に佩いたレイピアを抜く。その細い刀身へと左手……その中指に嵌められた指輪を、彼は翳した。


 この身に宿りし『精魂アニマ』よ

 我が意に従いて剣へと移れ

 その刃を鋭く

 万物を裂くまで研ぎ澄ませ――


「――《快刀乱麻を断つシャープ・エッジ》!」

 ロレンスから立ち昇ったオーラが、その右手の細剣へ集束する。燐光を帯びた切っ先を深緑のゴブリンに向け、彼は地を蹴った。煌めくレイピアは小鬼の胸元に吸い込まれる――

 小さき魔物モンスターの断末魔が、洞窟の土壁に反響した……。

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