二 化物寄合

「いやあ、ひでえ雨だ。ごめんよお、唐傘っつぁんいるかい?」


 草木も眠る丑三つ時、前がぱっくり裂けた唐傘を頭からすっぽりかぶり、手に小田原提灯を持った一人の子供が、浴びた雨粒をぶるぶると振るい落しながら物置へ入ってきます。


 もちろん、こんな雨の降る淋しい真夜中に、子供が長屋のガラクタ置き場になんか来るわけがございません。傘のおばけ仲間の一人、雨降り小僧にございます。こいつが姿を現すと必ず雨が降るっていう少々迷惑な妖怪です。


「おお来たかい、雨降りのお。狭えとこだがそこらへ座ってくんねえ」


「んで、なんだい話ってのは? いくら急ぎの話ったって、なにもこんな雨の夜に呼び出すこたあねえじゃねえかい」


「何言ってんだい。おまえさんがいる所はいつだって雨降りじゃねえか。それに昼間っから俺達おばけが寄合い開くわけにもいかねえだろ。おう、豆腐屋も来てんだろ? 早く入ってくれ」


「こんばんは~失礼しま~す」


 続きまして、今度は大きな頭に竹の編笠をかぶり、手に豆腐を乗せたお盆を抱えてまた子供が入ってきます。


 こちらはその愛くるしさから江戸の人々の間でも大の人気者、妖怪達の小間使いを務める豆腐小僧にございます。イタチが化けたとも、父は妖怪の総大将たる見越入道、母はろくろ首だなんていうサラブレット説もございますが、定かなところはわかりません。


「さて、さっそく本題といこうじゃねえか。話は他でもねえ。ペルリの黒船以来、巷に溢れるようになった西洋の道具のことよ。靴に帽子にパイプに……あっという間に国中いっぺえだ」


「ああ、最近、街眺めてても確かに増えたねえ。俺もこの唐傘やめて、洋傘風の布張りに替えてみようかって迷ってるんだ」


「おいらもおいらも! 猫も杓子も今や文明開化だからね。この際、編笠やめて山高帽にしてみるつもりさ。そしたら、深川芸者や吉原で太夫やってるろくろ首のお姉さま方にもモテるかもしれないよお?」


「ハァ……情けないねえ。おまえらまで西洋かぶれになってどうすんだよ。それでもこの日本国の化け物かい? それにな、異人はもっとこう彫が深えんだ。んな平べったい純和風な顔で洋風の格好したって似合やしねえよ」


「平べったいとはひでえなあ……ま、間違っちゃいねえけどよ。でも、なんで西洋の道具が入って来ることが問題なんだよ? 便利になっていいじゃねえか」


「そうだよ。夜だってガス燈ができてから明るくなったよお~。月のない夜でも相手の顔がよく見えて、逢引あいびきするにもいい感じだよ?」


「馬鹿野郎! おばけが明るい夜を喜んでどうすんだよ、この可愛いらしい外見とは裏腹な色惚けナンパ小僧め! ハァ~……ったく、おめえ達は考えが浅はかだねえ。河童の皿くれえに底が浅えよ」


 なんとも危機感のない呑気な二人に、唐傘小僧はもう一度大きな溜息を吐きますってえと、こんこんと説今日するかのように差し迫ったこの大問題を彼らに語ります。


「じゃあ、おまえらに質問だ。俺はなんの化け物だ? 何が変化へんげしたもんに見える?」


「そりゃあ、もちろん唐傘だね。どこからどう見ても見間違えようがねえ」


「うん。破れてボロボロになって捨てられたオンボロの古い唐傘だ。間違いない」


「うるせえ、余計なことまで言わなくていいんだよ。ともかくもだ。つまりは古くなった道具の化けた妖怪――付喪神ってことだ。とすりゃあどうだ? なにも付喪神は日本に限ったことじゃねえ。西洋の道具が入って来るってこたあ、あちらさんの道具の化け物達も一緒にやって来るってことになるじゃねえか」


「ああ、言われてみりゃあそうだな。異人さんみてえに異国のお仲間達もはるばるお出でなさるってわけだ」


「んじゃあ、これからは異国の化け物達とも仲良くしなきゃあいけないね」


「アホウ! どこまでおめえ達はお人好しなんだ。んなことだから、脅かそうとしたって人間達にちっとも怖がられやしねえんだよ。いいか、よく考えてみろい。行燈あんどんはランプに、草履は靴に、煙管きせるはパイプに……日本古来の道具達が西洋の新しい物にどんどん取って替わられてってんだ。俺達だってやつらに追われて居場所がなくなっちまわあ」


「そ、そうなのかい!? いや、まさか、そんなことが……」


「おいら、そんなことぜんぜん思いもしなかったよ……」


 熱を帯びた唐傘小僧の弁舌に暢気な他の小僧二人もようやく危機感を覚え始め、普段から血色の悪い不健康そうな顔をなおいっそう青ざめさせます。


「あのね、今時、んなのほほーんと構えてるのはおめえらぐれえのもんだよ? 一反木綿は売る・・だか買うだかいう羊の毛の織物が工場のカラクリで大量に生まれてるって聞いてビクビク肝冷やしてるし、ぬりかべの野郎なんざ頑丈な煉瓦の壁の化け物にどうやったら勝てるかって戦々恐々よ」 


「あの図体のでけえぬりかべまでそんなかい? そりゃあ、よっぽどだな……」


「どうしよう……おいらもなんだか急に怖くなってきちまったよ。もう、夜一人で厠行けないよお」


「アホ! おばけが厠怖がってどうすんだよ。でも、俺達傘の化け物だって他人事じゃねえぞ? 布張りした丈夫な洋傘の野郎どもに取って代わられるかもしれねえ。対してこちとら紙貼った唐傘だ。喧嘩になったら勝ち目はねえ……」


 降って沸いた西洋妖怪の到来に神妙な顔つきになって黙り込む三人小僧……しかし、雨降り小僧と豆腐小僧がふとあることに気づきます。


「……ん? あれ? 唐傘っつぁんは確かに道具の付喪神だけど、俺や豆腐屋はそうじゃないぜ?」


「あ、そう言われてみれば……おいら達、傘の化け物じゃなかったよね?」


「んな細けえことはいいんだよ。おまえらだってほら、ちゃんと頭に傘かぶってるじゃねえか。もう立派な傘妖怪のお仲間だ」


「いや、細かくはねえと思うんだが……豆腐屋なんか手に持つじゃなくだし……」


「うん。おいらは豆腐だし、雨降りさんは雨の妖怪のような……」


「あのな、んなことぬかしてるけどあれだよ? おめえみてえに平べったい顔じゃねえ、碧い目に彫りの深けえ異人のガキの、よく似合う洋傘かぶったあちらさんの雨の妖怪がいるかもしれねえよ? 豆腐屋だって金髪のバタ臭い顔した可愛らしい童が、豆腐の代わりに牛の乳固めた地図・・とかいう白い食いもん売り歩いて商売あがったりかもしれねえよ?」


「そんなやつほんとにいんのかねえ……ま、いても俺は別にかまわねえが……」


「おいらの豆腐も、そんな妖怪でも食わないようなゲテモノに負けはしないよ!」


「いちいちうるせえ野郎どもだな、おい。とにかく、そんぐれえの危機感を持てってことだよ。で、考えたんだけどよ、やつらにでけえ顔されねえよう、先に一言ガツンと言ってやりに行こうと思うんだ。やっぱ新参者には礼儀ってもんを教えてやらねえとな」


「一言ガツンねえ……でも、言いに行くっつっても、いったいどこへ行くつもりだい?」


「それよ。おい、豆腐屋、西洋の道具が船で入って来るっていやあ、一番はどこだと思う?」


「うーん……やっぱ横浜かなあ?」


「御名答だ。となりゃあ、横浜一の洋傘屋がいわば総元締めってもんだろう。そこにいる洋傘の化け物に話つけときゃあ下っ端のもんにも伝わるって寸法だ」


「なるほどねえ……しかし、横浜たあ遠いなあ。ま、道中気をつけて行ってきてくれ」


「あ、お土産にはなんか西洋の珍しいお菓子買って来てよ」


「何言ってんだよ。おめえらも一緒に行くんだよ。こういうのは数の力ってもんが大事だからな。西洋の化け物相手に最低三人ぐれえはいねえとな」


「ええっ!? 俺達もかい? いや、いきなりんなこと言われてもなあ……」


「横浜はちょっと行ってみたい気はするけど、おいらもそんな遠くまで歩くのはやだなあ」


「なあに、心配するねえ。俺はもとより一本しか足ねえが、道中のオアシ・・・ならちゃんとここにあらあ」


 突拍子もないその話に当然、渋い顔をする雨降り・豆腐の二小僧ですが、すると唐傘小僧はガサゴソと破れた傘の裏を漁り、この度、明治新政府が発行した紙のお金の束を取り出して見せます。


「昨今噂の陸蒸気・・・ってやつに乗ってきゃあいい。そのために、大天狗の旦那の稚児様の日傘になって銭こせえたんだ。仕方ねえ。おめえらの分も出してやらあ」


「ほお! あの汽車とかいう煙吐きながら走る真っ黒い鉄の塊かい。人が作ったって話だが、なんだか化け物みてえで親近感がわくねえ」


「おいらも汽車に乗せてくれるんなら、よろこんでおともするよ」


「よおし決まりだ! 思い立ったが吉日。そんじゃあ明日の夕刻、さっそく汽車の旅と洒落込もうじゃねえか――」

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