第4話

 黒を白くするより、白を黒くする方が容易い。

 毎日何かしらの不安に駆られている人間と、救うことしか考えていない天使。どちらがより黒く染まりやすいのか。

 比べるまでもない。自分が恐怖を感じるわけがない、そう信じていたものの方が、初めて恐怖を感じた時の落差が大きいのは当然の帰結だ。



 ––––身をもって知っていた。そして、一度穢れた天使からは、人間のような恐怖心しか得られなくなることも学んでいた。









 天界は定期的に大規模な悪魔狩り、通称大粛清を行う。それは下級悪魔はもちろん、上級、超上グランド級悪魔にとっても脅威である。




 千年以上の悠久の時を生きた伝説レジェンド級悪魔も例外でない。むしろ、いかに大粛清から生き延びるかが悪魔としての生の境目である。

 長年の経験から伝説レジェンド級の女悪魔は大粛清が近いと悟り、下級天使から詳細な時期を聞き出すことにした。




 完全に絶っていた悪魔としての気配を少し緩める。新人天使が下級悪魔の気配と錯覚する程度に漏らし、後は待つだけ。仕事中だと面倒だから休憩時間の短時間に少しだけ。


 同じ罠なのに何度でも引っかかる天使達。天界で、悪魔は卑劣だと教えるが、どう卑劣なのか知らずに済んだものしか生き残らない。上層部に罠がどんなものか知るものはいない。天使はいくらでも補充が出来るから、死んだ理由は考えない。



 じゃあ罠にかかった天使は?


 天使は悪魔の恐ろしさを知ったら、死か、堕ちるしかない。





 憐れな子羊は悪魔への贄となる。








 ––––無垢な天使が、無垢なまま私悪魔に抵抗する。無垢なままでいられる最後のチャンスをふいにする。


 悪魔として見逃すわけがない。私を信頼してしまった彼女のミスを。純真だから、罠にかけられたことを忘れて信じてしまう。

 たしかに私は天使と悪魔の醜い争いに嫌気は差しているが、。それ程大粛清の情報は大事だった。





 油断しきった彼女を痛めつける。正論ぶったことを言いつつ、彼女が情報を話すかどうかを見極める。





 ああ、でも。

 彼女天使の恐怖心はなんて心地良いのか。人間だったら何人、いや何十人と陥れなければいけないのかと考えると面倒極まりない。

 病院で毎日死の恐怖と向き合ってる人間は、変なところで。真に恐怖に包まれることはなく、生への希望が邪魔をする。

 毎日の糧としては充分だが、 悪魔を強くすることはなかった。



 だがこの瞬間、天使からはへの恐怖しか感じない。純度の高い恐怖心は弱く脆く、美味である。







 悪魔として力が漲るのを感じる。熟れた餌を得られた喜びで満ち溢れる。

 あとは情報を得て、極上の餌が取れなくなった天使を始末すればいい。いつも通り、そう、思っていたのに。





 彼女からの恐怖心の中に濁りが混ざる。いや、これは






 彼女の目を見つめると、恐怖の中に一筋のがチラつく。正気のようでいて狂気を纏うは、天使には餌だが悪魔にとっては…………








 即座に右手を元に戻してやる。天界へ連絡出来ないように魔力で編んだ手枷を付けて、動揺を見せないように会話を続ける。

 休憩時間にはまだ余裕があったが、彼女のが冷めると信じてその場を離れる。仕事終わりには情報だけ聞き出してすぐに殺そう。








 は危険な感情。




 純真で、歪で、正気で、狂気。

 興奮であり、熱情であり、恋である。







 あれは、




 悪魔にとって信仰心は最大の毒。信仰されてしまうと悪魔悪魔でなくなる。





 せっかく吸収した極上の恐怖心が、燃え始めた信仰心によって上書きされつつある。

 二千年生きてきて、天使に信仰心を持たれたことは初めてだった。うっかり人間から信仰されてしまった時の比ではない。澄み切った信仰心に、女悪魔は身震いをした。







 ––––恐怖心と信仰心は表裏一体。

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