寿命提供者
白藤 桜空
第1話
病室で無機質な電子音が一定のリズムを刻んでいる。
部屋の主は大量の生命維持の機械に囲まれながら、静かに寝息を立てている。
コンコン。
訪問を告げるノック音がする。
部屋の主は気怠げに重い瞼を開けて、入り口を見やる。覇気のない目は扉から医者と看護師の二人が入るのを捉えていた。
「失礼します。回診のお時間です。○○さん、お加減はいかがですか?」
喋る事もままならない患者は目でいつも通りだと告げる。
「そうですか。……○○さん、今日はいい知らせがあるんです。」
その言葉に患者の目に光が宿る。
「寿命提供者の順番が回ってきました。」
科学技術、医療技術が上がっても、誰にも平等に訪れる死は回避することは不可能だ。
しかしなんとしても克服してみせたい。そう考えた魔術師が死神を呼び出しある提案を持ちかける。
それは、『寿命が不要になった者が、寿命を必要としている者に売買する』という考えを人間の常識に刷り込む、というものだった。
死神にとっては生物の中で最も死を嫌い、最も死を好む人間は、厄介で面倒な存在であった。予定よりも長く生きながらえたかと思えば、予定より早く死ぬ。そんなことばかり人間は繰り返す。しかしその常識を流布すれば、突発的な死を避けられ、その上死期も操れてサービス残業が減る。
そんな考えから死神は魔術師の提案を快諾した。
喜んだ魔術師は死神と少しずつ常識を変えながら、自身も寿命を買い取り百五十歳を越えようとしていた。
……だが、いくら寿命を伸ばそうとも、人間の体の方は追いつかない。人間世界の寿命を革命した魔術師も、最後は老衰で死んでいった。例え生きる長さが変わろうとも、死だけは克服出来ない。死神と取引できる程の魔術師でも本懐は叶えることは出来なかった。
死からは逃れられないが、操ることは出来る。そういった教訓を含んだ昔話が、今も語り継がれている。
––––––そうして世界は、寿命の売買が出来るようになった。もはや死神は恐れる者ではなく、大事な契約主となった。
この世界を生き辛く感じ、死を選びたい者が、まだ生き続けたい者に寿命を売る。もちろん、高額な取引になるが、不治の病ですら関係なく、買い取った寿命の長さだけ生き続けられる。
死を選んだ者は残す家族に財産を残せ、買い取った者はより生を謳歌した。
だが需要に対して供給は乏しい。必然、寿命を買い取りたい者は常に順番待ちとなっていた。
寿命買い取り名簿に登録してからは運次第ではあったが、買えれば確実に生き続けられる。
そんな希望を胸に、現代の医療では治しきれない病の○○は寿命提供の順番を待ち構えていた。
そして今、やっと巡ってきた。
○○は優秀な学者で世界的に有名な賞も将来は獲得出来るだろうと目されていた。しかし突然不治の病に倒れ、延命療法で死を待つしかない状況に陥った。
○○はまだ研究をしたかった。生きている時にしかもらえない、名誉ある賞を獲得したかった。
全財産を投げ打つことになってしまう寿命買い取りだったが、迷わず応募した。刻一刻と体が動き辛くなっていたが、寿命があればまだ研究を続けられる。それだけを希望に待ち続けていた。
寿命提供者は心の病で迷惑をかけた家族に、最後に返せるものを、ということだった。きっと家族は悲しむのだろう。だがそんなことは関係ない。
死にたい者がいる。生きたい者がいる。
売りたい者がいる。買いたい者がいる。
それだけのシンプルなものだった。
寿命提供当日。
寿命は提供者と買い手がごく近くにいなければ受け渡せない。
死神立会いのもと、お互いに顔は見えないようカーテン越しに契約を交わす。死神が提供者から○○へと寿命を移す。
提供者が静かに息を引き取り、○○に生命力が漲る。
○○はいつもと違った感覚に満足する。これで体が動くだろう、と体に力を入れるが、ピクリとも動かない。
○○はなぜだ?と死神に目線を送る。死神はニコリと営業スマイルで答える。
「間違いなく寿命は引き継ぎましたよ。でも、
そう言い残すと、死神は瞬時に掻き消えた。
○○は愕然とする。これでは結局研究も出来ずにただ生き長らえるだけではないか。
……そんな無駄な生を生きるくらいなら。提供してくれた者に恥じぬ事をしなければ。
数日後。
寿命提供者のリストには○○の名前が載っていた。
死神は愉悦を表情に貼り付けながら、そのリストを確認して、ポツリと漏らす。
「これだから人間は、厄介で面倒で…………面白い。」
死神の顔は言い伝えに残る魔術師の顔とソックリであった。
寿命提供者 白藤 桜空 @sakura_nekomusume
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