ある事案の結末
「血……? ああ、この辺は変な臭いが充満してて嫌んなるな。それよりも」
彼女が、俺に付いた血の臭いをかぎ分けているのは明白だった。
でも、その事を只管否定したところで、疑念は深まるばかりだろう。
そんな事よりも、もっと違う方向に彼女の意識を向けさせれば良いだけだ。
「居なくなった奴を探しても仕方ないだろう。後は、ギルドの手配した腕利き達に任せるしかない。俺たちは、一刻も早く彼女たちをここから移動させるのが先決なんじゃあないか?」
怒りに任せて行動を開始していたんだろうカミーラは、俺の言葉にハッと何かを気付かされたような表情をした。
何が優先される事なのか……如何に我を失う程の怒りに囚われた彼女であっても、あえてそう問われれば分からない訳もない。
「そ……それはそうなのだが。全員を一度に運ぶことは難しいようなのだが……」
アヤメへの想い、バドシュへの怒り、俺への疑念……。
様々な思考がカミーラの中で渦巻いているんだろう、俺に投げかけてきた彼女の質問は、恐らく本心とは程遠いものだったに違いない。
だが、そんな質問なら俺にとっては切り返しも容易いものだった。
「その事なら、ちゃんと考えてある。人手は腐るほどその辺に転がってるだろう? 奴らに頼んで、彼女たちを運んでもらおう」
カミーラにそう答えた俺は、バドシュの亡骸はそのままにして、彼女の背を押すようにしてその場を後にしたんだ。
その後俺達は、未だ倒れたままだった無法者を数人叩き起こして、少女達を運ぶ人工に仕立て上げた。
勿論、そこは「丁重に」お願いしてなんだけどな。
「こいつらを使ってこの子達を運ぶだなんて……。アレク、あんたは本当に悪知恵が働くのねぇ」
数人の人工が引く手押し車に乗りながら、感心しているのか貶しているのか、マリーシェが俺にそう話しかけてきた。
いや、これは本当に褒めてくれているのかもしれないな。
「……悪知恵て、マリーシェ……。あんた、それは言い過ぎやで―――……。せめて、機転が利くぅくらい言わんと―――……」
マリーシェのあんまりな物言いに、サリシュがやんわりとフォローを入れてくれていた。
もっとも、ここまでの流れが全て冗談……軽口なので、当の俺としても別段悪い気はしなかったんだがな。
マリーシェとサリシュがこの様なやり取りを口にしたのは、この場に蟠る重い雰囲気を少しでも霧散させようとした苦肉の策……と言った所だろう。
本当なら、俺もこれに悪乗りしてもう少し気分を晴らすのに手を貸しても良かったんだが……失敗した。
それは、マリーシェの言った事の内容に、若干の齟齬があってその事に思案が行っていたからだ。
実際のところ、こいつらを使って捕まっていた少女たちを運ぶ……というのは、ここに来る前から考えていた事だ。
囚われの身がアヤメだけなら俺が背負って運べばいいだけなんだが、こういった組織立った奴らが、1人や2人だけを攫ってきていた……なんて考えられないからな。
それに俺は、運ぶのはもう二度と動かなくなった彼女達……という事まで想像していたんだ。
奴らが「商品」を簡単に潰してしまうという事は考えられないが、ある程度手元に残して、死ぬまで弄ぶ……という事は十分に考えられる事だからな。
そうなったら、流石に死体を背負って運ぶなんて、出来れば御免被りたい話だ。
だから、こいつらを使って運ぶ……ってところまで考えていた。
勿論、あそこで捕まっていた全員が生きていたことは、心から嬉しい事ではあるんだが。
ただ、そんなマリーシェたちの苦心も、沈んだ表情を浮かべているカミーラには通用しなかったようだった。
少女達を運び込んだのは、「診療所」でも「ギルド」でもなく、街の外れにある「療養所」だ。
診療所で外傷の手当ては出来ても、心の傷までは治せない。
それに傷の治療と言うならば、殆どが俺の使ったポーションで癒されているからな。
少女達の心的ダメージがどういったものかは分からないが、主に精神的疾患の治療を目的にしている療養所の方が向いていると判断しての事だった。
それに残念ながら、心に負った傷を癒すアイテムなんて……俺は持っていないし知らないしな……。
「あんた、良くこんな所を知ってたわね?」
とは、マリーシェの言葉だ。
サリシュやカミーラも同様に頷いていた。
確かに、目の前の冒険に必死な駆け出し冒険者がこんな場所を知っている事自体が驚きだろう。
まぁ、中身は熟練冒険者なんだけどな。
俺は愛想笑いでその場をごまかして、早々に診療所の女所長と話を付けた。
慈愛に溢れた笑顔を湛えている所長の悩みはこの療養所の運営資金なんだが、それは即座に解決する事が出来た。
俺が療養費にとくすねてきたバドシュの財宝が、確りと役に立ってくれたからな。
思わぬ大金を前にして目を白黒とさせてた所長に、アヤメを含めた少女達の治療をお願いし (その中に若干の脅しと言うスパイスも含ませて)、俺達はギルドへと事後報告に向かったんだ。
ギルドは、今朝発行したばかりの
早速討伐隊 (と言う名の調査隊及び後始末隊)を派遣し、その結果を聞いた後に俺達へ報酬を支払ってくれた。
それと同時に、俺達はランクもアップさせてもらう事が出来たんだ。
駆け出し冒険者がランクを上げようと思えば、それは大変な数のクエストを熟さなければならない。
それを考えれば、俺達のランクアップは異例と言って良い早さだろう。
本当は最底辺の
マリーシェだけは最後までブーブー言っていたが、他の2人は俺の判断に異議を唱えなかったんだ。
レベルの伴わない高ランクってのは、やっかみの対象になり兼ねない。
今このレベルでゴールドになるメリットもない以上、シルバーで十分だと考えたんだ。
そんな説明は端折ったものの、最後にはマリーシェも折れてくれたみたいだった。
そしてその晩、俺達は各々手配した宿の部屋で休み (カミーラはアヤメの容体を確認する為に療養所へ泊った)、翌日の夕方、再び酒舗「ギルガメシュ」の酒場二階にあるテーブルで落ち合ったんだ。
「……彼女には……アヤメには、国に帰ってもらう事にした……」
カミーラは両手に包み込んだグラスに目を落としながら、寂しそうにそう呟いた。
あの惨状を目の当たりにしている俺達は、そう小さく零した彼女に何も声を掛けられなかった。
「あの状態では……これ以上、彼女と共に旅を続ける事など出来そうにない……」
続けてカミーラは言葉を綴った。
そこには寂しさの他に、悔しさや悲しみも少なくない成分で含まれている。
目の前には、ギルドから得た報酬で用意した御馳走。
酒も今回は飛び切りの物を用意している。
それらを前にしても、俺達には手放しで喜ぶ気分にはなれなかった。
ただ、俺にはこの結末が……何となく予想出来ていた。
特に、親しい者が連れ去られたとあっては、どういった結果となっていても笑顔にはなれないだろう。
そしてそんな気持ちの知り合いを前にすれば、俺達だって似たような心情になる。
「ああ、すまない。私は今回、彼女を助け出す事が出来て何よりも良かったと思っている。そしてその事に尽力してくれたそなた等に、私は感謝の気持ちで一杯なんだ。この気持ちに嘘偽りはない」
場の雰囲気が、それこそ故人を偲ぶ様なものとなっているのに気付いたカミーラは、僅かばかり明るい声を出してそう話した。
ただそれでも、まだこの席に渦巻く空気は重い。
「それもこれも、全てはアレク殿のお蔭だ。改めて礼を述べさせて頂く」
そう言って、カミーラは俺の方へと体を向けて深々と頭を下げた。
顔を伏せた事で彼女のその時の表情が読み取れなかったが、結果としてはその方が良かったと俺は思っている。
「そ……そうよねっ! 今回は……ううん、その前に私達を助けてくれた件にしても、全部あんたのお蔭だもんねっ!」
何とかこの場の雰囲気を変えようと、マリーシェが殊更明るい声でカミーラの意見に同調した。
「……そやなぁ……。色々とツッコミ処も多いけど……アレクのお蔭やって
サリシュも、言葉を選びながらマリーシェの意見に賛同した。
そんなやり取りで僅かばかり雰囲気が和らいだことを切っ掛けに、漸く酒や食事に手を伸ばし始める事が出来たんだ。
―――そして……酒が入れば、口も軽くなり……。
「なぁ、アレク―――? ほんまに、あの装備貰って
話題は、俺が彼女達に与えた武器防具の話となった。
「そうそう! あれって、結構高いんじゃないのぉ? それに、あたし達にはちょっと不相応かな―――ってね……」
サリシュが提示した質問にマリーシェが便乗し、最後に「たはは」と頭を書いて苦笑いした。
「ああ、良いよ。高価な代物……って言った所で、使わないと意味ないしな。それに、装備出来るって事は不相応って訳にはならないから、気兼ねなく使えばいいんだよ」
武器防具を装備してその能力を引き出せると言う事は、その武器防具に体が振り回されていないって事だ。
今、用意出来る最高の物を装備する事は、冒険者にとって決して間違いじゃない。
ただ一般的には、それらは余りに高価であるか入手する事が困難な為に、身に付ける機会がないってだけの話なんだ。
俺の返答を聞いてマリーシェやサリシュ、カミーラの表情が一気に明るくなる。
「ただし、アクセサリーだけは渡せないけどな」
「ええ―――っ!」
でも、その後に付け加えた一文を聞いて、マリーシェは頬を膨らませて抗議の声を上げた。
アクセサリーは
何故なら、自分の力を過信してしまうからだ。
疑似的に底上げされた能力を、自らの本当の力だと勘違いしてしまう事は恐ろしい事だ。
そんな考えを自制する事の出来るレベルにでもなれば話は別だが、駆け出し冒険者には過ぎた代物なんだ。
俺は既に、マリーシェ達からアクセサリーは回収済みだった。
今後は余程の事がない限り、これを彼女達に身に付けさせる事は無いだろう。
やはり力ってやつは、地道にレベルを上げて身に付けるのが本当なんだ。
随分と食も進み程よく酒も入って来たところで、カミーラが話を切り出した。
「……一つ……頼みがあるのだが」
それはどこか緊張している様な、それでいて照れている様な物言いだった。
その改まった言い方に俺やマリーシェ、サリシュも動きを止めて彼女の方を注視した。
「い……いや……それ程真剣に聞かれると言葉も無いのだが……。その……もし良ければ、私をそなた達のパーティに加えて貰えぬだろうか……?」
彼女が発言した直後、その場はシン……と静まり返った。
俺もマリーシェも、サリシュでさえカミーラの問いかけに答える者はいない。
「す……すまない! 詮無い事を言った! 突然このような事を持ち掛けられても、そなた達には迷惑な話だな! すまぬ、忘れてくれ!」
顔を真っ赤にして、カミーラは早口でそう言うと頭を深々と下げて謝罪した。
「ちょ……待って、カミーラ! とりあえず頭を上げて!」
耳まで赤いカミーラに、マリーシェはそう言って頭を上げるよう促した。
顔を上げたカミーラは、真っ赤な顔で目には涙すら浮かべている。
余程恥ずかしかった……照れ臭かったんだろうな。
「違うの! 嫌とか困るとかじゃなくて……その……」
「そうだな……。それ以前の問題だな……」
「ウチ等って……そもそもパーティ……組んどったっけ……?」
「……へ……?」
今度は、肝心な事に気付いたマリーシェが顔を赤くして言い淀み、俺がそれを聞かずとも察して同意し、サリシュが確信を突いた言葉を発して、それを聞いたカミーラが呆けた声を出した。
今回は確かに、人攫い集団へ向かう為に同行し協力した。
だけどそれが「パーティを組んでいる」と問われると、どうにも口籠ってしまうんだ。
そう……俺達は明確にパーティを組むと言う話を、今までにただの一度もしていなかったんだ。
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