6.変わりゆく未来、止められぬ運命

未知の敵との遭遇

 ―――そしてその翌日……。


「ちょっと、カミーラッ! あんたが前に出たら意味ないでしょっ! あんたは後衛っ!」


 カミーラへと、マリーシェの容赦ない指示が飛ぶ。


「む……? そ……そうか……」


 マリーシェの言葉で、カミーラが申し訳なさそうにおずおずと後方へと下がった。


「……って、アレクッ! あんたが前に出ないでどうすんのよっ!」


 カミーラが直後、今度は俺に矛先が向いた。


「わ……分かってるよっ! まずはこいつ倒してからなっ!」


 マリーシェの言わんとしている事は分かるが、今の俺ではここのモンスターを即座に倒す力はないんだ。


「それくらいの敵、ちゃっちゃと倒しなさいよねっ!」


 だがそれには取り合わず、マリーシェの辛辣な言葉が飛ぶ。


「……ほんまマリーシェは……厳しいなぁ―――……」


 さっきから怒声を上げっぱなしのマリーシェに、今度はサリシュが小さく毒を吐いたのだが。


「サリシュッ! あんたも見てないで、少しくらいアレクに手を貸してあげなさいっ!」


 その言葉を聞き逃さなかったマリーシェが、鬼の形相でサリシュに指示を出した。

 それを見たサリシュは、「この屋敷」に入った時以上に体を震わせていた……。




 俺達は昨晩、晴れてパーティを組む事となった。

 本来ならばレベルが区々まちまちな者同士、パーティを組むと言う事は考えられない。

 特に俺とカミーラに至っては、レベルが5つも離れているんだ。

 効率……と言う観点からすれば、これほど非効率なパーティ編成もあり得ないだろう。


「え――っ? 別に良いんじゃない?」


 そんな俺の発言を、マリーシェはまるで気にした様子もなくそう言ってのけた。

 そしてサリシュやカミーラも、彼女の意見に賛成の様だった。

 数日前は、そのレベル差を理由にパーティを断られてるんだけどなぁ……。

 まぁ本人が気にした様子もなく、と言うか忘れている様なので別に問題はないんだが。


 兎に角俺達はパーティを組み、早速レベル上げも兼ねてクエストを受け、今はこの「幽霊屋敷」と呼ばれる古城の死霊退治に繰り出していた。

 ここは、どうにも霊やゾンビが引き寄せられ易い場所にある様で、こうして定期的に怪物退治……つまり除霊する必要があると言う事だった。

 とっとと取り壊せば良いとも思わないでもないが、低レベルのパーティが取り組むクエストとする為にギルドが買い取ってそのままにしているらしい。

 住み着く死霊どものレベルもそれほど高くなく、今の俺でも互角以上に渡り合えるほどだからな。

 逆に、カミーラにはどうにも物足りない事だろう。

 でもそれについてカミーラからは文句の一つも出てこないどころか、この状況をどこか楽しんでいる様にも見られた。


「次っ、来たわよっ! アレク、前に出るっ!」


「わ……分かってるよっ!」


 つい先日まで世界有数の冒険者だったこの俺が、今じゃあ低レベルの少女に指図されてしごかれている……。何とも情けない絵面だな……。

 でも不思議と、それ程嫌じゃあなかった。

 前回の冒険では、こういった一体感は感じる事も無かったからな……。

 ぎゃあぎゃあと騒がしいながらも、俺達は何とか屋敷の最奥付近へとやって来ていた。

 ギルドの依頼内容だと、玉座に措かれている「証」を持って帰れば晴れて依頼完遂クエスト・クリア……の筈だった。




 それにしても、ここってこんなに人が少なかったっけ?

 この「幽霊屋敷」に来てから、俺たちは他の誰にも会わずに、いよいよゴールという場所まで来ていたんだ。

 こんな陰気な場所、誰も好きこのんでは来ないだろう。

 でもここは、駆け出し冒険者ならかなりの頻度で訪れる、レベル上げには格好の場所なんだ。


「ここって、余り人気がないのかなぁ?」


 どうやらマリーシェも俺と同じ意見……いや、感想を持ったようだ。

 俺の場合は経験からなんだが、彼女も……他のメンツも、全く他のパーティと会わない事を怪訝に思ったようだった。


 レベルの低い冒険者が、効率よく経験を得られる場所なんて限られている。

 この場所が例え人気のない場所であったとしても、他のパーティと全く鉢合わせない……という事は少ないんだ。

 人気の狩場なんかは、怪物の奪い合いみたいになるところもあるくらいだからな。

 それに、同時に攻略に訪れる様な事は無くても、先に来ていたパーティとすれ違うという事もある。

 それなのに、ここに来るまでに全く人と会わないなんて。

 俺たちは、なんとも表現のし難い違和感を抱えながら、とにかく先へと進んだんだ。




「……なんなん……。この空気……」


 ゴールであるこの屋敷の最奥、謁見の間へと入った俺たちは、そこに異様な気配を感じ取っていた。

 肌を刺す様な空気……首筋をチリチリと焼く様な雰囲気……。


 どうにもここは、異様に空気が重い……。


 言うなれば、俺が前回の人生でパーティ全滅を果たした魔王の間……それを更に嫌な感じにした悪気に満ちている。

 その気配をマリーシェ達も感じ取った様で、彼女達の顔からは笑顔が消え失せ代わりに緊張感を漲らせていた。


「コンナ……処ニ……」


 突然、部屋の中に……いや、頭に響く、どうにも気分を不快にさせる声がした。


「……漸ク……見ツケタ……」


 息を呑み、部屋の入り口付近で動けなかった俺たちへ向けて、玉座の方から声が投げ掛けられる。

 漆黒の中から発せられた様なその声は、まるで腹の底まで響くようでありこれ以上ない嫌悪感を齎している。


「ア……アレク……。……あれ……見て……」


 唖然とする俺たちの中で、真っ先にその異変に気付いたサリシュが、震える指を差しながら声を絞り出した。

 暗がりで分かりにくいのだが、彼女の指示した先には……人が倒れていた!

 いや……それは正解じゃあないな。


 そこには、人が死んでいたんだ。

 しかも、良く見ると1体や2体じゃあない。

 床を血の海に変えて、胸を貫かれたり首を落とされたり……一目見てそれが死体だと分かる残酷な死因を晒しながら、10体くらいの人であったものがそこに転がっていたんだ。

 どうりで……他の冒険者パーティとすれ違わない訳だ。

 ここにたどり着いた先行組はみな、この部屋で息絶えていたんだからな。

 そして、それを成したのは……!




「だ……誰……? 何者……!?」


 奴に向けて真っ先に声を上げたのは、もはや切り込み隊長の感があるマリーシェだった。

 ある意味で物怖じしない彼女は、この部屋の雰囲気や、不気味な存在感を纏うその人影にそう問い質した……んだが!。


「貴様ハ……黙レ……」


 しかしその影はマリーシェの言葉に応じる事無く、ゆっくりと右手を胸の前へと持ち上げスッと左から右へ空をなぞった!


「きゃあっ!」


 ただそれだけで、マリーシェは見えない何かに突き飛ばされたかの様に大きく後方へと吹き飛ばされた! 

 幸い、彼女の身体が後方の壁にぶつけられる事は無く、すぐ後ろにいた俺がマリーシェの身体をキャッチした!


「マリーシェ……!? 大丈夫なんっ!?」


 普段はおっとり気味なサリシュも、その異常を目撃し慌ててマリーシェへと駆け寄り安否を気遣った。


「……ゴホッ! ゴホッゴホッ……! な……何っ!? 何なのっ!?」


 俺の腕の中では、幸いにも意識を失わなかったマリーシェがそれでも口から一筋の血を流してそう呻いた。


 マリーシェには見えなかっただろう……。


 いや、サリシュにもカミーラにさえ見えなかったかもしれない。


 しかし、俺はあの影が何をしたのか、そのは知っていた。




 冒険を進めジョブも極めて行けば、自ずと「気」を繰り出す術を覚える。

 身に纏う「闘気」を武器または拳に乗せて放ち、離れた敵にダメージを与えたり特殊な効果を付与する技だ。

 武術の世界では「遠当とおあて」や「武拳」、剣術では「飛刃ひじん」や「附与武器エンチャント」なんて呼ばれ、一種の極意に当たる。

 そしてその技術は、魔術系にも存在する。

 魔法を作り出して攻撃するのではなく、魔力その物をぶつける攻撃。

「魔弾」や「魔砲」などと呼ばれる技術で、属性を与えられない攻撃と言うデメリットがあるものの、即座に打ち出し至急に対応出来ると言うメリットのある技法だ。

 また、武器に魔法をかけて敵に有効な効果を付与する事もこの延長に当たる。

 今、目の前の「人型」が放った攻撃も、このどちらかに当たると思われた。

 つまりレベルだけで考えても、今の俺達とは大きくかけ離れた存在……と言う事になるんだ。




「一緒ニ戻ッテモラウゾ……真宮寺ノ巫女……」


「人型」がゆっくりとした動きで左手をスライドさせ、カミーラを指差す。

 それを受けたカミーラの顔は蒼白であり、動き出す事も出来ずに俯き加減のまま震えていた。

 奴の攻撃はマリーシェに放った一撃だけながら、この場にいた全員を黙らせるには効果的だった様で、臓腑に響き渡る言葉を聞いたマリーシェやサリシュ、カミーラに動きも声すらない。

 だが、俺は、気配を薄めて「人型」を隈なく観察した。


 全身が……黒い……正しく漆黒の体表をしていた。

 その表皮が、固いのか柔らかいのかさえ分からない。

 だが、兎に角嫌な感じだけはひしひしと受ける。

 人と同じ形を取っている……とは、あくまでもシルエット上の話だ。

 その顔は、到底人間のそれとは似ても似つかない。

 双眸の様な物が見えるが、眼球は確認できなかった。

 口の様な物も確認出来るが、動いてもいなければ開いてもいない。

 魔獣でも無ければ幻獣でもなく、その姿はどちらかと言えば魔族に近い。

 しかし、それすらも当て嵌まらない。

 この「人型」に比べれば、まだ魔族の方が人間に近かった。


 ―――そう……この「人型」は、俺が初めて目にする種族に他ならなかった!


 これには俺は、驚きを隠せなかったと言うのが本音だ。

 前回の冒険で俺は、世界のあらゆる所を見て回ったんだからな。

 勿論、俺の知る事が世の全て……とは言い切れない。

 世界は広い……。

 それこそ、前回の冒険でも未だ訪れきれなかった国や島、地域が存在する程に。

 そして、人間が住む世界だけが、「この世界」を形作っている訳じゃあないのも事実だ。

 天上界に、幻獣界、聖霊界……。

 聞き知ってはいるものの、全てを把握しきれていない「異界」は未だこの世界に幾つも存在しているのだ。

 そして当然そこに住まう住人、そこに生息する生物にも未知の存在が居て当然だった。

 それでも俺は、この世界を随分と周った事のある「元」勇者だ。

 実際に目にする事は無かったとしても、どこかで聞き及ぶ事はあるはずで、「全く知らない存在」「思い当たらない種族」と言うのは無い……と思っていた。


 だが俺のそんな考えは、目の前でカミーラに意識を傾けている存在が跡形もなく消し飛ばしたのだった……。


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