人探しと人攫いと
凛とした立ち姿の、如何にも美少女剣士然とした振る舞いを取る紫の少女。
その彼女が事情を告げ、俺達に深々と頭を下げている。
だが何処の誰かもわからない人物に自分の都合だけを話され、更には頭を下げられた処で俺達としては顔を見合わせるしか他になかった。
見た処、紫の少女はマリーシェやサリシュよりも更に高いレベルだろう。
事実、頭を下げた事によって首からぶら下がって見えた銅色のメダルは、レベル10を示している。
それに、自然な立ち居振る舞いの中に在る周囲に気を向ける所作は、一朝一夕で身に付くものじゃない。
彼女は本当に、東方の侍なのかもしれない。
だが、もしそれが真実だったとしても、やはり軽々しく情報を開示する事は出来ない。
この情報に一体いくらの値が付くかは分からないが、見ず知らずの人物へ金になるネタをくれてやるほど、俺は……俺達は馬鹿じゃあない。
それに、この情報を与えた事によって、俺達が止める間もなくこの紫の少女は此処を飛び出してゆくかもしれない。
彼女が今の段階でマリーシェ達よりもレベルが高いとはいえ、たった一人で人攫いの組織に乗り込むなど無謀と言うより他に相応しい言葉が無かったんだ。
因みに俺達が今持つ情報とは、組織の人数とその構成、そしてアジト内部の大まかな部屋の配置なのだが。
「ま……まぁ、兎に角座らないか? え―――っと……」
まだお互いに名前も聞いていない間柄だった事に、今更ながら気付く。
それは彼女の必死さに呑まれていた結果であり、マリーシェやサリシュもそれは同様だった。
「これは全く以て失礼した! 私はカミーラ……カミーラ=真宮寺と言います、お見知りおき下さい」
俺の隣に着席したカミーラは、そう言って座ったままだが深々と頭を下げた。
「……ふ―――ん。カミーラ……シングウジ……? 随分と変わった名前なのね―――……。あ、ごめんね。私はマリーシェ、マリーシェ=オルトランゼよ。宜しくね」
カミーラの名前に軽く驚きの表情をしていたマリーシェだが、すぐに平静を取り戻し笑顔でそう挨拶を返した。
「……ウチは……サリシュ=ノスタルジア―――言いますぅ……。宜しゅう……」
対してサリシュは、彼女の名前には何の興味も示した様子を見せずに平素の間延びした口調でそう挨拶した。
「俺はアレックス……。アレックス=レンブランドだ。何だか知らない内にアレクって呼ばれてる。宜しくな、東方の剣士さん」
最後に俺が軽い口調で自己紹介して、そう付け加えた。
大して驚かれる様な事を言った自覚は無かったんだが、俺がそう言うとカミーラの肩がビクリと小さく跳ね上がり、隣に座る俺へと睨め上げるような視線を送って来た。
そんなに怒られる様な事言ったかな……俺?
「へぇ―――……。やっぱり東方の出身なのね―――。あたし、初めて見たよ」
マリーシェの感心する様な言葉に、隣に座るサリシュもウンウンと激しく首肯していた。
「そ……そなた等は、東国に博聞なのだろうか……? いや、この国では東国の事がそれ程広く知られている事なのか?」
カミーラが東国出身と知って、その事に動じないマリーシェを見て何かを感じたのか、カミーラは探る様にそう彼女に問いかけていた。
「いいえ―――……? 『東には少し変わった戦士集団がいる』ってくらいしか……ねぇ?」
「……うん。カミーラの服装一つとっても―――……この国やと珍しいからねぇ……。でも、ウチ達が知ってる噂なんて―――……その程度やねぇ……」
マリーシェがそう話してサリシュに同意を求め、サリシュもそれに頷いて俺の方へと視線を向けてきた。
「……アレクが今『東方の剣士』―――
彼女はそのまま、ジト目を向けて俺にそう言って来た。
まるで何かを探っている様だ。
それに対して俺は、乾いた笑いでその場を流すくらいしか出来なかった。
―――実際の処、俺は東国の事について僅かばかり知識がある。……って言うか、行った事もあったのだった……。
だから彼女の身に付けている服の名称も分かるし、彼女の装備もどんな物だか想像する事が出来る。
加えて言うなら、彼女の
彼女は恐らく、東国の戦士「侍」だ。
こちらにも特殊職として「侍」と言うものがあるが、彼女はそれとはまた一線を画す存在だろう。
生まれながらに「侍」とでも言うのだろうか。もしかすればその上位職である「武士」かもしれないな。
因みに「侍」から「武士」になれるのは、東国に生を受けた者だけだ。
こちらの職業「侍」の上位職は「刀士」となる。
大まかに言えば、マリーシェの言った「変わった戦士集団」が実に的を射ていると言って良い。
東国……倭の国とも呼ばれる極東の島国は実に閉鎖的であり、殆ど他国との繋がりを持たない。
そして、独特の進化を遂げた自国の戦闘集団で防御を固めている。
お蔭で独自の文化形態を持ち、中には西側の国家垂涎の技術まであるって話だ。
まぁ、俺はその辺りに興味が無かったんで疎いんだけどな。
兎に角その考え方、信念からして違う東国に、西方他国は手が出せずにいるのが現状だった。
一部開放されている貿易拠点と、東国に認められた国家のみが取引をしているって話だが、実態は公にされていない。
「……そうか」
どこかホッとした様に俯き安堵するカミーラ。
東国の情報は、それ自体が門外不出なんだろうか?
でもそれなら、まずはその衣服から改めないと目立ってしょうがないと思うけどな……。
「それより、カミーラ? さっき知人が行方不明だって言ってたけど?」
大きく逸れていた話の流れを、マリーシェが半ば強引に戻した。
それを聞いて、それまで下を向いていたカミーラの頭がガバッ! と跳ね上がった。
「そうであったっ! 実は私に付いて……行動を共にしていた者が、数日前に突如行方知れずとなってな……。考えられる限りの場所を探したのだが、見つからなかった……。彼女に限って、何も告げずに私の前を去ると言う事は有り得ない。故に、何かの事件に巻き込まれたと考えたのだが、どうにも手掛かりが掴めなかったのだ……。そこでさっきの話だが……」
「……ウチ達が話していた、人攫い集団の話に繋がるぅ……ってわけやねぇ―――……」
再度説明したカミーラの後を継いで、サリシュがそう締め括った。
それを聞いたカミーラが大きく頷く。
なるほど、強ち間違いでは無い様な気がする。
カミーラに同行して来た人物像は分からないが、それが“東方の女性”と言うのであれば人攫いの格好の餌食と言える。
「……でもパーティを解消して、とっくにこの街を離れたって事は無いの?」
何気なく呟かれたマリーシェの意見も間違いじゃない。
いや、普通だったらそう考えるだろう。
「そっ……そんな事は無いっ! 彼女は……アヤメは……」
強く否定したものの、カミーラの声はそこで尻すぼみに小さくなって消え入ってしまった。
ふむ……。そのアヤメって女性は、カミーラの「奉公人」って訳だな。
東国には、奴隷……とまではいかなくとも、仕える家人の世話をする下働きが存在する。
立場は大きく違えどそのつながりは家族の様であり、こちらの国では実に理解しがたい関係だ。
もし、そのアヤメって女性がカミーラの奉公人なら、確かに勝手にいなくなると言う事は考え難い。
ついでに言えば、カミーラは東国でも高い位にある家の出だろうな。
「なら、ギルドが発行するクエストに参加すれば良いんじゃないか? 明日には公表されるだろうし、俺達も明日、持っている情報を売りに行く。恐らく三日もすれば討伐隊を組織するだろうからそれに参加すれば討伐作戦発動後、一両日中に壊滅させられるだろうな」
俺は、もっとも一般的な見解を口にした。
彼女の気持ちも分からないではないが、勢いに任せて突っ込んだところで返り討ちにあうのが関の山だ。
それよりも腕利きの冒険者が集う討伐隊に参加すれば、余程の事がない限り安全に人攫い集団を壊滅させる事が出来るだろう。
もっとも、それまでそこにアジトがあれば……なんだけどな。
「それでは遅いっ! アヤメが私の前から居なくなり、もう三日が過ぎているっ! あと三、四日も待つなど、私には到底出来ないっ!」
確かに、それじゃあカミーラが駆けつけた処で、恐らくは間に合わないだろう。
いつまでも、捕まえた
それにもし未だアジトにいたとして、無傷のままって訳にもいかないだろう。
元からソレが目的で攫われて来たんだ。
どんな仕打ちを受けて、どれ程の慰み者となっているか……想像するだけで気が重い。
そんな思案に耽っていると、前方と右斜め前から訴える様な視線を感じた。
ふと気が付けば、マリーシェとサリシュが懇願する様な、期待する様な眼を俺に向けている。
―――ねぇ、何とかならないの……と。
「……しょうがねぇなぁ。俺達だけで何とかなるか、ちょっと考えてみるか……」
そんな目を向けられれば、俺としてもこれ以上拒否の言葉を出す事も出来ない。
俺が溜息交じりにそう言うと、マリーシェとサリシュの瞳にワッと喜色の色が浮かび上がる。
「ほ……本当かっ! ありがとうっ! 恩に着るっ!」
隣で座るカミーラも、こちらに体を向けて深々と頭を下げた。
いつの間にやらパーティを組んでる態になってる俺達の、いつの間にやら
なんでこんな事になってるんだろうねぇ……。
それ以前に……。
―――あれ……? 俺、明日にも死ぬつもりじゃなかったんだっけ……?
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