5.運命の岐路に

東より紫の少女

 目の前には、昨晩よりも豪華でそれでいて大量の食事。

 それを前に昨日と同じ酒場の席についているのは俺とマリーシェ、サリシュにそして……「紫色の少女」だった……。




 ―――時を遡る事2時間前……。

 ボラン洞窟から人攫いに加担している2人の無法者を連れて、俺達は無事にこの街へと帰って来た。

 瀕死の重傷に応急処置をしただけの男には無理だったので、もう一人の無傷で捕えた男に今回の黒幕が潜む場所を聞きだしていた俺達は、この男達をギルド本部へと連行して突き出し、職員に事情を説明したのだった。

 銅石カッパーランクの低レベル冒険者である俺達が、人攫い集団の情報どころかその構成員を捕まえて来た事に、ギルド職員は大いに驚いていたっけ。


 因みに、ギルドのクエストを熟してゆくと、「貢献度」を示す「ランク」が上がって行く。

 これは10段階で区切られており、俺達が持つレベル認識票の素材も変わるんだ。

 ただし高レベルな者が必ずしも高ランクとは限らず、その逆も然りな訳だが、流石に低レベルで低ランクの冒険者がこれだけの事をしたなんて、これまでに類を見ない大事だったらしい。

 以前より新人冒険者の失踪事件を懸念していたギルド本部は、俺達の成果を大いに評価し即座にこの事件に対して“特別依頼コア・クエスト”を発行する手続きに入った。

 それと同時に、この情報を齎した俺達には特別報酬が贈呈された。




 ―――そして30分前……。

 思いも依らぬ形で大金を得た俺達は、昨日の酒舗へと戻りその報酬を使って祝宴を開く事としたんだ。

 昨日の席に陣取り、この酒場ででも滅多に頼まない様な食事を手当たり次第に注文した。

 勿論、既に部屋は確保済みであり、昨日の様な失態? は起こさない様にしているのは言うまでもない。


「「「かんぱ―――いっ!」」」


 そこまで段取りを済ませて、俺達はグラスを併せて酒宴を開始した。


「ん……ん……ぷふぅ―――っ! ……それで? なんであの男から、テルンシア港にある隠れ家の情報を聞き出したの?」


 ある程度酒が進み腹も一段落して来た頃、マリーシェが待ちきれないと言った風に強引にその話題を持ち込んで来た。

 恐らく彼女の聞きたい事はそれだけに留まらないだろうけど、まずは順を追って……と言う事なんだろうな。


「んぐ……んぐ……ごくんっ! ……あの男達をギルドに引き渡したら……すぐにクエストが発令されるんは簡単に想像出来るからな―――……。ウチ等の出番なんて……無いんとちゃうん―――……?」


 マリーシェの質問に次いで、サリシュがそう続けた。

 彼女も、少なからず疑問を抱いている様だった。


「ゴク……ゴク……ぷはぁっ! そんなの決まってるだろ? 一つは、貴重な情報なら先んじて得ておいた方が良いって事だよ。サリシュの言った通り、あいつらをギルドに引き渡して事を公にすれば、ギルドは即座にクエストを発行するだろう。その時、俺達がそのクエストに参加する意思があるんなら、誰よりも先んじる為に有力情報は持っていた方が良いに決まってるからな」


「そりゃあそぅよね―――」


 ここまでの話を聞いてマリーシェはそう相槌を打ち、サリシュはコクコクと激しく同意している。

 でも当然、俺の話はここで終わらないし、彼女達もどこか先を促している雰囲気だ。


「それにもし俺達がそのクエストに参加しないとしても、この情報は高値で売れる可能性があるだろ?」


 マリーシェ達の期待を一身に受けた俺は、満を持して彼女達にそう告げた。

 でも、その説明に彼女達の反応は返って来ない。

 マリーシェはグラスに口を付けたまま視線だけ俺の方へと向けて、サリシュはフォークに刺した肉を口の中へと放り込んだ態勢のまま、それぞれその動きを止めてしまっていたのだ。


「……何だよ?」


 動き出さない彼女達に、俺はそう声を掛けた。

 どう見ても俺の話を聞いて固まってしまってるんだが、その理由が俺にはすぐに分からなかったんだ。


「……いや……何と言うか……」


「……ようよく、そこまで悪知恵が働くな―――って……関心しとってん……」


 俺の問いかけに、二人は苦笑いを浮かべてそう答えた。


「そ……そうかな?」


 それに対して、俺は僅かばかり動揺してそれだけを口にして、再びグラスの中の酒を呷った。


 俺にしてみれば、これはそれ程高度な駆け引きでも、ましてや悪知恵なんかでは無い。長年培ってきた経験の一端だ。

 もっとも、これを身に付けたのは全てシラヌスのお蔭なんだけどな。

 シラヌスは兎に角、この手の知恵に長けていた。

 一つのクエストでより多くの報酬を得る為に、奴はありとあらゆる手段を何の臆面もなく駆使していたっけ……。

 そんな事を間近で、それも幾度となく見ていれば、自然と身についてしまうってもんだ。


「……それで? そのクエストに参加するの? それともその情報、売っぱらっちゃう?」


 思考を切り替えたのか、マリーシェは身を乗り出してそう問うてきた。

 駆け出し冒険者には、お金はいくらあっても困ると言う事は無い。

 勿論、非合法な方法で得る事には賛否両論だろうけど、これ位の“裏技”は許容の範囲内なのだろう。

 俺に問いかけるマリーシェの瞳は、期待でキラキラと輝いていた。


「……ウチ等のレベルを考えたら……この情報は早めに売った方がええやろうな―――……。それともマリーシェは……ウチ等だけであいつらのアジトに乗り込む気ぃなん……?」


 サリシュは冷静に、そして的確に現状を把握し、俺の代わりにマリーシェへそう答えた。


「……う―――ん。止めといた方が良さそうね―――……。今日も危なかったって言うのもあるし……。あたし達だけでは、ちょ―――っと手が出ないわねぇ……」


 サリシュの問いかけに、マリーシェは詰まらなさそうにそう答えた。


 本音を言えば、きっとこのクエストに参加したいんだろう。

 功を焦る若者には、そう言った英雄願望が無い訳がないんだ。

 それでもマリーシェは、その誘惑を捻じ伏せてもっとも無難で正しい選択をした。

 俺はその判断を、心の中で賞賛していた。


「それじゃあ明日、クエストが発行された事を見計らって、この情報をギルド本部に持ち込むか。もしまだあの男が口を割って無けりゃ、完遂クリア報酬には劣るけど有力情報だからきっと高値で売れるだろうな」


 そして俺は、この話をそう言って締め括った。

 恐らくはギルドも、あの男の尋問は明日から執り行うに決まってる。

 組織ってのは、大きくなるほど動きが鈍くなるからな。

 俺達の情報が売れる可能性は、決して低くはなかった。


「それよりさ―――! あんたが洞窟で見せた、あの不思議な現象なんだけど……」


「……寛いでいる処を失礼する」


 マリーシェが次の話題の口火を切ろうとした矢先、彼女が言い終わる前にその話を遮って、何時の間にか俺達のテーブル横に立っていた女性がそう声を掛けてきた。


「……知り合いか?」


 俺には見覚えのないその女性を見止めて、目の前のマリーシェにそう問いかけ。

 彼女は僅かの逡巡も見せずに、激しく首を左右に振って答えとした。


「不謹慎かとも思ったが、どうしても聞き捨てならない内容だったので非礼を承知でお伺いしたいのだが、人攫いを生業とする集団の本拠を御存じとの話……誠だろうか?」


 些か堅苦しい物言いとそれに見合ったピンと背筋の伸びた立ち居振る舞いは、まるで王国所属の騎士か、古きを重んじる東方の武人「侍」を思わせた。




 凛とした表情にはどこか幼さが残るものの、俺達よりも余程大人びて見える。

 切れ長の瞳に浮かぶ紫の瞳と、それと同じ色を持つ後ろで一つに束ねられた長い髪。

 スッと通った鼻筋と顎のラインは、まごう事無き美少女剣士そのものだった。

 身に付けている物もこの辺りでは珍しい衣装であり、白い胴衣に同じく白い袴。白い足袋に白い草履と、正しく純白の剣士さながらだった。

 今は寛いでいるのだろう、帯剣はしていないし胴装備も付けてはいない。

 それだけに彼女の紫は一際映え、美しさを通り越して妖しささえ醸し出している。

 確りと絞って括っている袴帯のお蔭で彼女の細く引き締まった腰が強調され、それに併せて彼女の小さくない胸も殊の外目立っていた。




「……それを知って、あんたはどうするってゆうんいうの……?」


 さて、どう答えたものかと思案して視線を向け合っていた俺とマリーシェを差し置いて、サリシュが真っ先にそう口を開いた。


「重ね重ねの失礼、申し訳ない……。実は先日まで行動を共にしていた者が今、行方知れずとなっているのだ……。八方手を尽くして探したのだが、杳として手掛かりが掴めず困り果てていた処だった……。そんな折、そなた達の会話が耳に飛び込んで来た。この街に人攫いを生業とする組織が蔓延っていた事も初耳だったが……今となっては、手掛かりはその組織しかないと思い至ったのだ。貴重な情報だと言う事は重々承知しているのだが、良ければその内容を教えてはくれないだろうか?」


 それだけを一気に語ると、その少女は深々と頭を下げたのだった。


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