立ち塞がる巨蟹

 大事になる前に、俺はマリーシェ達を救う事が出来た。

 彼女達も、もしこの男達に捕まっていればどうなっていたか知れたものではない。

 それを察しているのだろう、今この場には安堵の空気が立ち込めていた……んだが。


 その時突然背後から、突き破る音が聞こえた!

 それは布を引き裂く様な音にも、分厚く柔らかいものに刃物を突き立てるような音にも聞こえたんだ!

 その真偽を確認する前に、硬質な物同士がぶつかる様な嫌な擦過音が響き渡る!


「な……なにっ!?」


 マリーシェとサリシュは、即座にそちらの方へと目をやる!

 俺も振り返って、音のした方を確認した!


 そこには……。


 倒れた男達の内2人をその巨大な鋏で挟み殺している、二匹の巨大な蟹の姿があった!

 二匹の巨蟹は、鋏で捕まえた既に息絶えている獲物をその口へと運び貪り食っている。


「……ヘビークラブ」


 先程とは違い、冷静にモンスターを見つめるサリシュが的確な答えを口にした。


「……しかも二匹なんて……ついてないわね」


 ヘビークラブの立ち位置は、ここから唯一外へと繋がる通路を塞いでいた。

 ヘビークラブと接触しない様にこの場を立ち去るなど、殆ど不可能に近かった。


 一戦は免れない……!


 しかし、ヘビークラブと戦うにはこちらは余りにも戦力不足だ。

 レベルは、マリーシェとサリシュについては問題ない。

 ヘビークラブのレベルも7から……であり、このまま戦っても互角以上に渡り合えるだろう。


 ―――ただそれも、相手が1体だったら……の話だ。


 この狭い、モンスターの得意とする地形で、しかも二体同時に相手取らなければならないんだ。


 それに……ヘビークラブのレベルが、必ずしも7とは……限らない。

 モンスターにも、個体によって強さが存在している。

 基準となるレベルを大きく逸脱する事は無いが、それでもそう思い込む事が場合によっては命取りとなりかねない。

 因みに、ヘビークラブの考えられるレベルは7から……10だ!


「おいっ! 急いであの蟹を倒すぞっ! でないと、あいつらが食われちまうっ!」


 俺は出現させた魔法袋をゴソゴソと探りながら、呆けたままでいるマリーシェ達にそう声を掛けた。


「えっ!? な……なんであいつらを助けないと……ってあんた、一体何やってるの!?」


 俺の提案に即座に反論の声を上げようとしたマリーシェだったが、俺が魔法袋を探っているのを見て驚きの声を上げた。

 そりゃあまぁ、何もない空間に腕を突っ込んで中をまさぐってる姿なんて、今の彼女達が目にする事はまずないだろうからなぁ。驚くのも無理はない。

 だけど今は、その事を説明している場合でも無ければ時間も無い!


「あいつらには、まだ聞かなきゃならない事があるっ! 少なくとも、一人は生かしておかなきゃならないっ!」


 俺はそれだけを答えながら、魔法袋から一振りの剣と、数個のアイテムを取り出した。


「……その剣は……『烈』ってやつなん? ウチ、こんなに近くで見るん、初めてやわ―――……」


 俺の出した剣を見入りながら、サリシュが場違いに間延びした言葉を、驚きも露わに口にしていた。


 この剣は、鋼の剣「烈シリーズ」の一振り。

 大別すれば鋼の剣で今の俺でも装備可能だが、その性能は普通の鋼の剣を大きく凌駕している。

 あるモンスターの落とすレア素材「赤の鉱石」を加工して作られた物で、一般の武器屋では中々お目にかかる事は出来ない。

 この「烈」なら、俺の攻撃力をレベル3つは底上げしてくれるだろう。

 ヘビークラブを相手とするには十分だ!


「今からあの蟹の能力を下げるっ! 効果は長くないから、一気に決めてくれっ!」


 俺はサリシュの問いには答えず、そう二人に告げてヘビークラブの方へと駈け出した! 

 マリーシェとサリシュも、何も言わず俺の行動に追随する!

 俺は手に持つ3つの玉を、次々と蟹の元へと投げつけた!

 3つの玉は蟹の胴体に着弾すると、それぞれ白い粉を周囲に振りまいたんだ!


 俺が投げつけたのは、「蜘蛛の粘糸」「セリナの実」「ゾドの実」と言う戦闘用アイテムだ。

「蜘蛛の粘糸」は対象の素早さを下げ、「セリナの実」は防御力を、「ゾドの実」は攻撃力を僅かながらだが下げる。

 対象を中心として狭い範囲で瞬間的に沸き立ち、一定時間効果を及ぼすアイテムであり。

 今、2匹のヘビークラブの素早さ、攻撃力、防御力は下がっており、レベル5の俺でも渡り合える強さになっている筈だ。

 如何に鋼の剣「烈」で攻撃力を上げる事が出来ても、元々の基本能力ステータスが低いままじゃあ敵の動きについていけなかったり、敵の防御を突き破る力が足りなかったりするからな。

 それを補う為には、俺の能力を底上げするか……敵に俺のレベルまで下がって貰えば良い。


 2人の前を走っていた俺は真っ先にヘビークラブと接敵し、持っていた剣を横に一閃、薙ぎ払った!

 軽い金属音を発して僅かな抵抗力を手に感じさせるも、俺の持つ剣は見事にヘビークラブの足を一本切断する事に成功した!


 ―――いけるっ!


 そう感じた俺は、すぐに後続の2人へ指示を出した。


「マリーシェとサリシュはもう一匹を抑えてくれっ! 俺はこいつを仕留めるっ!」


「もう、分かったわよっ!」


「……了解」


 足を切られたヘビークラブはそれまでの食事を中断して俺に向き合い、その巨大な鋏を振りかぶる! 

 しかしその動きは鈍く、本来のものとは程遠かった!

 本当ならば今の俺では躱す事も困難だろうヘビークラブの攻撃も、今なら不可能じゃない!


「炎の飛礫……火球魔法フェル・ボール!」


 だがその攻撃は俺が躱すまでも無かった。

 サリシュの唱えた火球魔法がヘビークラブに直撃し、大きく後退した巨蟹の攻撃は振るわれなかったんだ。

 回復魔法依りの魔法使いであるサリシュだけど、低位の攻撃魔法なら使う事が出来る。それが、「回復系」魔法使いの特徴だ。

 これからある程度レベルが上がれば、彼女には多くの選択肢が訪れるだろう。

 そこで、どのような魔法使いを目指すか迫られるんだけど、レベルの低いうちは攻撃も出来て回復もこなすサリシュのような立ち位置が理想的だよな。


 サリシュの作ってくれた間隙を突いて俺は更に追撃し、二本持つ鋏の内の一本を切断した!

 マリーシェも攻撃を開始しており、こちらは余裕の動きで優勢に立ち回っている様に見えた。

 どうやら二匹の蟹は、どちらもレベル7程度の強さしかなかったらしい。


「せいっ!」


 俺はヘビークラブの下に潜り込み、そのまま剣を胴体に突き上げた! 

 切れ味抜群の「烈」は、比較的柔らかいヘビークラブの腹へと簡単に埋め込まれる! 

 断末魔の叫びも上げず、ヘビークラブは口から青い泡を吐きその行動を止めた。


「えいっ!」


 一方のマリーシェ達も、サリシュの魔法で動きを止めた隙をついたマリーシェが、蟹の背中へと回り込みそのまま剣を下向きに構えて突き入れていた!

 剣の突き刺さった部位からヘビークラブの甲羅が放射状に亀裂を発して、そのまま大きく砕け散った!

 そしてそのまま、巨蟹の動きは止まったんだ。

 迅速に行動を起こしたおかげで、生き残った2人の無法者の内1人は無傷だった。

 もう1人は、寝ている所にヘビークラブの足で踏まれたのか運悪く右腕を失ってしまっていたが、命を失うよりはましだろう。

 俺は、眠っている無法者を縛り上げてから起こした。

 マリーシェとサリシュはもう一人の男に応急処置を施して、やはり簡単に縛り上げている。


「……ちょっと。……色々と聞きたい事があるんだけど?」


 その顔に僅かばかりの不信感を宿して、マリーシェがそう問いかけてきた。

 そりゃあ、聞きたい事は色々とあるだろうな。

 男達を助けた理由とか、俺の持っている武器、使った道具、それに……。


「聞きたい事は分かるけど、今はここから出て街に戻る事を第一としないか? またモンスターに絡まれでもしたら厄介だろ?」


 俺は、出来るだけ友好的な笑みを浮かべてそう答えた。

 サリシュは、即座に首肯して同意してくれた。

 一方のマリーシェも何か言いたい事はあったのだろうが、今はそれを口にする事を控えてくれたらしい。


「分かったわ。続きは街に戻ってから。あんたの奢りで、食事をしながら教えてもらうからね」


「……あれ? 奢ってくれるって言ってなかったか?」


「……騙されてた時点で、あの話は御破算やな―――……」


 マリーシェの言葉に俺は軽く異議を唱えたが、それもサリシュの言葉で一蹴された。

 まぁ……マリーシェとサリシュも、今日は散々な目にあったんだ。

 晩飯ぐらい御馳走してやっても良いか。

 俺は彼女達の提案を苦笑いで受け入れて、無法者2人を連れて洞窟から出るべく歩を進めたんだ。


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