蠢動する闇
「ちょっと……一体これは、どういう事かしら?」
ボラン洞窟の最奥、一際奥まった場所で、マリーシェの発した大声が周囲の岩壁にぶつかり反響していた。
彼女の見つめる先には、4人の男が出口へと向かう通路を遮る様に立っている。
その顔には、如何にも小悪党らしい下卑たにやけ顔が浮かんでいた。
「どうもこうもねぇよ……なぁ?」
威勢よく問い質して来たマリーシェを小馬鹿にでもするかのように、男達の一人がそう仲間に問いかけた。
他の男達は彼に言葉で答える代わりに、「へへへ……」となんとも嫌らしい笑い声を発する。
クエスト内容に沿って、マリーシェ達はボラン洞窟の最奥で「依頼された物」を探していた。
しかし、どれだけ探してもそんな物は見つからない様だった。
そこへ、満を持してと言わんばかりに男達が登場したのだ。
それは、俺の見た彼女達の未来が、今日であったと確信させるものだった。
男達の風体、その態度から、マリーシェとサリシュは最悪の事態を想像しただろう。
しかし気の強いマリーシェは、あえて男達に啖呵を切っていたのだ。
一方のサリシュは、置かれている状況を正確に把握して小刻みに震えている。
普段は感情の分かり難い表情と喋り方をする彼女だが、こうやって見るとやっぱりまだまだ少女なんだと思わされる。
……まぁ、今の俺と同い年なんだけどね。
「あんた達が言ってた物なんて、何処にもないじゃないっ! あんた、あたし達を騙してたのっ!?」
マリーシェは、今更であり返答を聞くまでもない事を男達に向かって問いかけていた。
でもそれは、本当に訳が分からない……なんていう話では無く、この場を打開する為の機会を探す時間稼ぎに他ならなかった。
「だぁましてたって言い方は好きじゃないな―――。せめて『陥れた』って言い方にしてくれないかな―――……。世間知らずのおじょうちゃん?」
問いかけられた男がこう答えると、他の3人が下品な笑い声をあげる。
その声もやはり岩壁に反響して、あたかも大勢のならず者に囲まれて嘲笑を受けている錯覚に陥る程だ。
「ぐっ……」
もはや話にならない状況に、マリーシェは強く歯噛みする。
サリシュは目に涙を溜めて、震える事しか出来ないでいた。
強気なマリーシェの態度は兎も角、サリシュもここに来るまではマリーシェと共にモンスターと戦って来た。
決して、臆病な性格と言い切る事は出来ないだろう。
彼女が怯えているのは、自分達よりも明らかに年上の者から向けられる人間の下卑た悪意を感じ取っているからに他ならない。
今なら俺にも分かる……。
この街……ジャスティアの街で最も恐れなければならないのは、モンスターなんかじゃない。
同じ人間が画策する、この上ない悪感情だろう。
「さて……時間も無い……。お前達をひっ捕まえて、とっととお頭の元に届けないとな。折角報酬をもらったって、使う前に店が閉まっちまうぜ」
マリーシェとの会話をそう締め括った男達が、各々の得物を取り出して構える。
彼等の首から掛かっているメダルは、全員レベル7を示していた。
一対一ならば、マリーシェにも活路はあっただろう。これが二対二でも同様だ。
だが四対二となると多勢に無勢、勝手が違ってしまう。
しかも相手は、レベル7と言ってもこの手の仕事に慣れていそうな男達だ。
熟練度もそう低くないだろう。
……勿論、人攫いをする……と言う熟練度だが。
一方のマリーシェ達がどれ程のモンスターを倒して来たかは知らないが、目の前に立ち塞がる男達よりも技能が上回っている……と言う事は考え難い。
つまり同じレベル7同士であっても、この状況下に限定すれば全てにおいて下回っていると考えていた方が良いのだ。
マリーシェも、すかさず得物を構えて臨戦態勢を取る。
彼女は“軽戦士”なのだろう、武器も細めの剣、盾も軽めの物を装備し、身に付けている鎧も軽量な物だ。
スピードに理があり防御力もそれなりだが、やはり一撃の軽さは否めない。
対峙する男達を一刀の下に切り伏せて行く……と言った事は、俺の見る限りでは不可能だろう。
この場で有効だと思われるサリシュの魔法なんだが、彼女の状態を見る限りではそれも望み薄だ。
あれほど怯え動揺している状態で魔法を使う準備をしても、その前に男どもに詰め寄られて発動までには至らないだろうな。
―――……これを使うか。
俺は姿を消しながら、魔法袋の中から「眠り玉」を一つ取り出した。
この玉を地面に叩きつければ瞬時に、そして局所的に睡眠効果のある煙が湧き立ち対象者を眠らせる事が出来るんだ。
基本的にこういったアイテムはモンスター相手に使うものだが、当然人間にも効果がある。
うっかり風向きやモンスターとの距離を考えずに使っちまうと、味方まで眠ってしまうってアイテムだ。
ただ、今回は条件的に問題ない。
マリーシェ達との距離も今なら十分に離れているし、洞窟の中なら風向きを心配する必要もないからな。
俺はスーっと岩陰から歩き出し、ゆっくりと男達の背後に付いた。
俺が今まで監視していたのは、正しく男達の後方からだった。
と言っても、別に男達を付けていた訳じゃない。
マリーシェ達の後に入って来た男達が、姿を消して彼女達を見守る俺を抜いて、俺に背を向ける様に立っているだけだった。
だが、これこそまさに千載一遇の
十分に距離を詰めた所で、俺は
瞬間的に周囲を包む青い煙!
俺は即座に後方へと跳躍し、その煙の影響を受けない様に距離を取る!
その行動を取ったお蔭で、俺に掛かっていた「不可視の粉」の効果は切れてしまったが。
「なっ!? てめ……っ!?」
何が起こったのか理解出来ない男達は、僅かに俺の姿を見止め何かを言おうとしたが、それを全て口にする事無く眠りへと就いてしまった。
唖然とするマリーシェ達の瞳には、大の大人4人が大きな
「二人とも、無事で何よりだな」
マリーシェ達の元へと合流し、俺は二人にそう声を掛けた。
「ちょ……ア……アレク!? な……なんであんたが此処に……!?」
状況が呑み込めないマリーシェは、口をパクパクとさせて俺を指差しそう声を洩らした。
サリシュはと言えば、恐怖から解放されたと理解したのか今度は安堵で目に涙を溜めている。
「ん……? ああ、街であいつらの話してる事を耳にしてな。付けてみれば案の定、お前達が危ない状況だったんで、少し眠って貰ったって寸法だ」
本当の事なんか話せる訳もない。
俺は予め考えていた答えを、そのまま彼女達に話した。
「そう……なの……? でも、危なかったのは間違いないわ。……ありが……」
マリーシェが感謝の言葉を言い切る前に、サリシュが俺に抱き付いて来た。
謝意を込めた抱擁なら有難い事だが、未だ小刻みに震えている彼女の身体を感じてそんな色っぽい考えは頭の片隅に追いやった。
「……本当に助かったわ。アレク、ありがとね」
サリシュの頭を撫でて落ち着かせてる俺を見て、マリーシェは改めてそう礼を口にした。
俺はそれに、頷いて答えた。
「とりあえず、この事はギルドに報告した方が良いだろうな。それから、あいつらが眠ってるとは言えここも安全じゃない。とっとと出た方が良いな」
ゆっくりとサリシュを引きはがし、俺は二人にそう提案した。
マリーシェは勿論、まだ目に涙が残っているサリシュも微笑んで、俺の提案に首肯して答えていた。
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