別々の世界
当然の事ながら、マリーシェとサリシュに同行しない……と言う話は、嘘だ。
そりゃあ彼女達が同行を許可してくれればそれはそれで話が早かったんだが、俺としては最初から彼女達が俺とパーティを組んでボラン洞窟に向かうとは思っていなかった。
―――今、俺はマリーシェ達を“二重に”尾行している。
俺の前方には、マリーシェとサリシュの並んで歩く姿が映っている。
彼女達は未だ街を歩き回って、ボラン洞窟へと向かう準備を整えている様だった。
そして、明らかに彼女達をつけ回す二人組の男達。
昨日見たマリーシェ達の宿命が俺の想像通りだとして、恐らくこの二人組はマリーシェ達の動向を探っているんだろう。
さしずめ、彼女達にクエストを依頼した者の手下か……。
俺が行っているのは、二重尾行……と言う訳ではない。
二重尾行って言うのは、対象を尾行している者を更に尾行する……ってやつだ。
だが俺にとって、マリーシェ達を尾行している奴らなんて重要度で言えば二番目に過ぎない。
動向を把握しているのに越した事は無いけど、最も大事なのはマリーシェ達の所在だ。
つまり俺はマリーシェ達を追跡しながら、そのついでに彼女達を追う人物をも視界に収めてるって事だ。
勿論、最後までこの図式が続けば、不意打ちを喰らわせるにもマリーシェ達を助けるにしたってどちらに転んでも都合が良い。
でももし二組の行動が割れた場合、俺の優先すべきはマリーシェ達だと言う事だ。
今は街中であり、マリーシェ達が尾行する二人組に気付く事も無いだろうし、二人組が俺の存在に気が付く事も考えられない。
マリーシェ達を付け狙う二人組の尾行能力は、俺から見ればお粗末なものだ。
もっとも冒険初心者が圧倒的に多いこの街では、彼ら程度の技能があれば十分だとも言えるんだけどな。
そして俺の尾行能力は……一級品なのだ。
自然と振る舞った動きで気付いた事だったけど、俺の追跡能力は損なわれていなかった。
勿論、年齢による筋力や俊敏性の低下は否めないから、以前と同等とは言い難い。
……若返って能力が落ちるってのも、どうにも微妙な気分だがな。
それでも気配を消すノウハウと、気付かれない様に対象を追う技術は目の前の二人組を大きく上回っていると確信した。
リスタートによってレベルが下がった事で魔法や特殊能力、それまで得ていたスキルは全て失われたけど、記憶と同様に経験から基づく技術は持ち越せているのはこれで確信できた。
前回の冒険でも、俺は色んなクエストを熟した……。
その中には、街中で対象者に気付かれず動向を探る……なんていうのも少なくなかった。
商家や城に忍び込むなんて依頼もあったほどだ。
パーティに
お蔭でその手のスキルは随分と上達し、本職に負けないほどだったと自負している。
それらの経験がやり直している今でも役に立っているんだから、何処で何が役立つのか分からないものだと俺は一人でそう考えて自嘲していた。
……と、マリーシェ達の足が、街の外に向かう道へと乗った。
それを確認したのか、彼女達を付けていた二人組がスッと視界から消え失せた。
俺が見失ったと言う訳じゃなくて、二人組がマリーシェ達の尾行を止めたんだ。
恐らくだけど、先回りの為に待ち伏せ場所へと向かったんだろう。
彼女達の後をつけていたのは、あくまでも確実を期すため。
恐らくは「架空のクエスト」を依頼した一味なんだったら、彼女たちが最終的に向かう先は分かってるんだからな。
往来の多い街中なら、奴らのスキルなら尾行していても気付かれる事は無い。
でも、街を出た街道や平原だとそうはいかないだろう。
どれだけ気配を隠そうとも、どれ程距離を取ったとしたって、その姿が見られてしまえば不審を抱かれてしまうんだからな。
そして、それは俺も同様だ。
でもまぁ、その事に関して俺には万全の秘策ってやつがある。
―――姿の消す事が出来るアイテム、「不可視の粉」……。
これを使えば、人やモンスターと接触でもしない限りかなり長い時間姿を消し続ける事が出来る。
見えない敵でも感じる事の出来るスキルでも持たない限り、姿を消した俺に気付く事は彼女達には出来ないだろう。
そしてそれは、あの二人組も同様だ。
このアイテムは、ジャスティアの街で手に入れる事は出来ない。
冒険を進めて、まだまだ先の村で手に入れる事の出来るアイテムだ。
そして当然、その価格も高い。
もし何処かでこのアイテムを見かけたとしても、それをおいそれと買える冒険者はジャスティアの街にはいないだろう。
それに手に入れたとしても、アッサリ使う事を決める者も皆無だろうな。
実際俺も、手に入れたは良いけど、結局は使わなかったんだから。
それも今じゃあ、魔法袋の中で肥やしになっているのは10個や100個じゃない。
今の俺にしてみれば、凡そ三桁に上るストックを使い切る事も気にならなければ、新たに購入する事も苦にならない。
マリーシェ達が街の外へと出るのを確認して、後を付ける俺も街の外で「不可視の粉」を振りかけ尾行を再開した。
既にあの二人組は何処にも見当たらない。
俺は周囲に気を配りつつ、マリーシェ達を見失わない様に一定の距離を保って行動していた。
こんな事をしなくても、予定通りこの命を断って、とっととやり直す方が良いんじゃないか?
昨晩はそう考えもしたが、その考えは却下すると言う結論に行き着いたんだ。
その根拠は……「今、グローイヤ達はどうしているか?」と言う疑問に、ある結論を見たからだった。
俺はグローイヤ達に嵌められて記録される事も無く死地に赴き、魔王と戦って命を落とし、それでも死ぬ事無く運よく? レベル5の時代まで戻されてリスタートを切る事になった。
―――それじゃあ、無事にリスタートを切ったグローイヤ達はどうなった……?
俺がこの世界へと飛ばされた時点で、彼女達の舞い戻った世界は消え失せて無かった事になっているのだろうか?
―――答えは「否」だった……。
俺が、俺の都合でどの様な人生を送ろうとも、彼女達の人生は進んで行く。
恐らくは、何時まで経っても戻って来ない俺に業を煮やし、とっとと別のメンバーでも引き入れて冒険を再開しているだろうと考えられた。
なら、今俺がこの世界を去って新たな世界に降り立ったとして、この世界で生きているマリーシェ達の未来はどうなるだろう?
新しい世界で、もしもマリーシェ達と出会えたとして、もしかすればその世界の2人も不幸な宿命を背負っているかもしれない。
だがそれは、未だ俺の知らない未知の世界での話。
そして俺が別の世界へと旅立ったとしても、今目の前にいる彼女達は不幸な未来へと進んでしまうだろう。
無かった事になんて当然ならない。
つまり、あっちはあっち、こっちはこっち……って訳だ。
向かった世界でも、きっと同じような事件が起こるだろうな。
多分今の俺には、その事を放っておくなんて出来ない筈だ。
でもそれと同じように、この世界の彼女達も放っておく事なんて出来ない。
―――兎に角―――っ! 簡単にホイホイと他人の未来なんか視ちゃダメよ?
今更ながらに、フィーナの言葉が心に響く……。
後先考えずに覗いてしまったせいで、結局騒動に巻き込まれる事となるんだからな……。
そんな事を考えながら、俺はそれでも注意深く目の前を歩くマリーシェとサリシュの後を追ったんだ。
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