第8話ベアーズ


「兄さんから聞いてるよ。あんたは初心者だけど、腕が立つんだって?」

「そんなに大した腕じゃない。運が良いだけだ」


 農村へと向かう道すがら、私は鬼族の女性、アルバーナさんといろいろ話していた。まずはコミュニケーションをとらないと協力関係は生まれない。

 出かける前にヴィンセントさんと話しておきたかったが、生憎別の仕事をしていていなかった。それは大切な妹さんを預かるのだから、何かあっては問題だろうと思ったからだ。


「謙遜するなよ。腕が良くなきゃ、いきなりネズミ百匹も取れないだろう? あたしは精々三十匹が限界だった――すぐに狼退治に変えたけど」

「そっちのほうが凄いだろう。私は一回も狼を退治しなかった」

「でもさ、大ネズミを退治したんだ。大金星じゃないか」


 よく分からないが、アルバーナさんは私を物凄い人間だと誤解しているようだった。


「あれはネルさんが上手く矢を当ててくれたからだよ」

「ふうん。ま、そういうことにしておこう」


 納得はいっていないようだが、そう思ってもらわないと困る。

 過剰な信頼は無能と同じくらい足を引っ張るのだ。


「ところでそんな槍で大丈夫かい? どう見ても初心者用だけど……」

「ああ。熊退治が終わったら買い換えるよ」

「そっか。いきなり仕事だったもんな」

「農村で良い槍があったら、買おうかな」


 私の言葉に「それは期待しないほうがいい」とアルバーナさんは言う。


「良い鍛冶屋は都会に行くものさ。鉱石が多く仕入れられるし、鍛冶屋ギルドもあるしね」

「なんだ。鍛冶屋にもギルドがあるのか」

「……どこ出身なんだい? 職業ごとにギルドがあるのは当然じゃないか」


 疑惑の目を向けられた。ここで常識のなさが出てしまったか……


「正直に言うと、記憶がないんだ」


 ここは嘘を言わずに真実を偽ろう。

 するとアルバーナさんは「そりゃ、どういうことだい?」と突っ込んできた。


「言葉どおりだ。記憶を無くして、平原を彷徨っていたら、タバサさんたちのパーティに助けられてね。それで今に至るんだ」

「……そうか。あんた、苦労しているんだね」


 同情の目をされてしまった。話を変えようと、私は「アルバーナさんはどうして冒険者に?」と訊ねる。


「兄さんに誘われてね。それに――鬼族は戦闘民族だからね。戦うのが好きなのさ」

「戦うのが、好きか……私には理解できないが、そういう生き方もあるな」

「へえ。女は戦うなとか言わないんだ?」

「さっきも言ったとおり、記憶がなくてね。鬼族の女性は皆そうなのかと思ったんだ」


 アルバーナさんは「記憶がないって難儀だねえ」と困った顔をする。


「それなら村長との交渉はあたしに任せておくれ。相場とか知らないだろう?」

「ああ。助かるよ」


 そうした会話をしていると、農村に着いた。

 素朴で牧歌的な田舎と評すべき風景が広がる。

 とても熊被害があるとは思えないが……

 私は村の入り口に居て喋っている若者二人に話しかける。


「すみません。村長さんの家はどこですか?」

「あー? あんたら冒険者か? 村長の家なら、奥の少し大きい家だべ」


 そう答えたきり、また二人で会話を再開する。案内してくれないようだ。


「ま、こんなもんだよ。気にせず行こう」


 アルバーナさんは慣れているようだった。ならば怒る道理はない。

 農村を歩くと、こちらに向けられる視線が気になる。

 ひそひそ声も聞こえてくるが、アルバーナさんが気にしない以上、無視することにする。

 村長の家は本当に周りの家よりも少しだけ大きいぐらいだった。


「失礼します。村長のルーナさん居ますか?」


 ギルドから聞かされた村長さんの名前を言いながらノックする。


「ああ。ご苦労様です。冒険者の方々ですね」


 出てきたのは十代後半か二十代ぐらいの女性だった。見るからに農村の女性という感じで、表情は明るい。髪は短くて金色。背丈はあまり大きくない。目の横に泣きほくろがある。


「どうぞ中へ。お茶を出しますね」

「ありがとうございます」


 私とアルバーナさんは薦められるままに中へと入る。

 そして居間らしいところに案内された。椅子に座ると、目の前のテーブルにお茶が置かれた。


「本日は私の村までわざわざお越しくださり、ありがとうございます」

「うん? あんたが村長さんかい? 随分と若いねえ」


 そんなわけがないと思っていたら「ええ。先月、跡を継いだばかりです」と肯定した女性。

 そういえば、ルーナは女性の名前っぽいな。


「申し遅れました。私、ハニス村のルーナといいます」

「私はイグリットといいます」

「あたしはアルバーナだよ」


 ルーナさんは「よろしくお願いします。それではさっそく、依頼について話させていただきます」と言う。


「今回、あなた方にやっていただくのは――熊退治です」

「ああ。聞いているよ。春先になって農作物を荒らしてくる熊を退治するんだろう?」

「ええ。そうです。お恥ずかしながら、私たちの防衛力では、熊を退治できなくて……」


 まあそうだろう。入り口に居た若者、あれは見張りだったのだ。しかし喋っているだけで仕事をしていなかった。そこから訓練はされていないのだと推測できる。


「それで、ノルマは何頭だい?」

「少なくとも三頭。それ以上はご相談させていただきます――」


 そこまで交渉が済んだときだった。


「うわあああああ! 熊だああああ!」


 村人の騒ぐ声。私は槍を握る。


「さっそく来たね。イグリット、行くよ!」

「ああ、分かった!」


 ルーナさんの家を飛び出ると、逃げ惑う村人の逆方向に熊が居た。

 熊が集団行動を取るのか分からない――この世界では取るのかもしれない――五頭居た。それぞれ二メートル近くある。


「イグリット! 一頭ずつ倒していくよ!」


 アルバーナさんはまず群れから離れた熊を狙う。大きく飛び上がり、頭に棍棒を叩き付ける!

 とてつもない威力で、熊がふらついて足元がおぼつかない。

 私は槍を繰り出した。熊の喉元に突き刺さって――抜けない!?


「ぐあああああ!?」


 熊は断末魔の悲鳴をあげながら、仰向けに倒れる。

 槍を引き抜こうとして――殺気を感じた。


「ぐおおおおおお!」

「――イグリット!」


 熊が雄叫びを上げながら攻撃するのとアルバーナさんが私の名を呼ぶのは同時だった。

 右側から思いっきり突進される。まるで車に轢かれたような衝撃に襲われる。

 傍の民家の壁に叩きつけられて、大きなダメージを負う。


「くっ――」


 気絶するわけにはいかない。ふらふらになりながらも何とか立ち上がる。

 熊がこちらに突進してくるのが見えた――


「うおおおおおおおおおおおお!」


 アルバーナさんが熊に横からタックルして、吹っ飛ばした。

 熊はごろごろ転がって倒れる。起き上がろうとするところに、私は魔法を唱えた。


「――ファイア!」


 火の魔法は熊に当たり――顔面を焼いた。

 高熱に悶えているところに、アルバーナさんが棍棒を野球のバットのようにスイングして、熊を殺した。

 他の三頭は仲間を殺した私たちにどうするべきか迷っていた。

 逃げるか、戦うか。

 しかし、農村の外から物凄い熊の雄叫びがした途端、三頭は山のほうへ逃げて行った。


「大丈夫か? イグリット?」


 アルバーナさんが私の元に駆け寄る。


「ああ、助かった。ありがとう」

「いや、無事ならいいけど……」


 アルバーナさんは私に手を差し伸べた。その手を取って、立ち上がる。


「どういうことか、説明してもらわないとな」

「……? どういう意味だ?」


 アルバーナさんは「熊たちは統率が取れていた」と呟く。


「つまりこれはただの熊退治じゃないってことだ」


 意味は分からなかったが、とりあえずルーナさんに話を聞かなければいけないようだった。

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厳格親父の異世界暮らし ~チート能力の『常識』を駆使して生き抜きます~ 橋本洋一 @hashimotoyoichi

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