第7話パーティ

 Fランク昇格の祝いにタバサさんが宴会をしてくれるらしい。

 ギルドでの簡単な手続きの後、私は宿屋兼酒場の『オアシス』に向かう。そこはハスターさんに連れられたところでもある。

 オアシスに入ると既にタバサさん、ネルさんが居た。ギルドから同行してもらったサリアさんも含めて、四人がメンバーだ。


「遅いですよ! イグリットさん!」

「すまない。手続き自体は早く終わったが、順番が……」

「言い訳はいいですから、席に着いてください!」

「タバサちゃん、酔っているみたいね……」


 サリアさんの言うとおり、タバサさんはもう吞んでいるようだった。確か十六歳と聞いていたが、この世界では成人したら飲酒が許されるらしい。冒険者になることは一種の成人の証であるとされているので、問題はないらしい。


 私はタバサさんの隣に座った。その隣にサリアさん、真向かいにネルさんが座る。


「カーヤさん! 二人にエールを!」


 エール? ああ、ビールみたいなものか。

 赤毛の可愛らしいカーヤさん――妖精族と人間のハーフらしい――は「どうぞー!」と元気よくエールを私とサリアさんの前に置く。

 タバサさんもエールを吞んでいて、ネルさんは琥珀色の液体を吞んでいる。甘い香りがするが……


「……なんですか? ミードがそんなに珍しいのですか?」

「ミード? 何でできているんですか?」

「蜂蜜ですよ? ……どんな田舎にもありますが」


 疑惑の目を向けられる。ううむ、この世界の常識を知らないと厄介なことになるなあ。


「とりあえず、乾杯しましょう!」


 テンションの高いタバサさんに言われるまま、私はグラスを掲げた。


「イグリットさんのEランク昇格を祝しまして――乾杯!」


 私は静かに、グラスを傾けた。


 こうして祝ってくれるのは嬉しいことだ。特にこの世界に来てからアルコール類は吞んでいなかった。

 意外にもサリアさんは酒豪でどんどんグラスを空にする。ネルさんはちびちびと吞んでおり、なかなかにクールだ。

 タバサさんは酒に吞まれるタイプですっかり泥酔してしまった。


「イグリットさーん……私淋しいんですよう……」

「はいはい。分かった分かった」


 私は腸詰――ソーセージを食べながら適当に相手をしていた。


「セーリカちゃんが最近つれないですよう」

「それは……私を関わっているからじゃないか?」

「そうですかあ? でもイグリットさんも大切な人なんですよう」


 よく分からないが告白されているような気分だ。


「いいかい? 私ばかり構っていたら、セーリカさんが離れるよ。それは嫌だろう?」

「嫌です……でも……」

「一度、セーリカさんと腹を割って話したほうがいい。大切な友人なんだから。きっと向こうも淋しい思いをしているに違いないよ」


 おそらくだが、タバサさんをとられたと思って嫉妬しているんだろうな、セーリカさんは。

 だから話し合うことが大切だ。

 それは私が生前できなかったことでもある。


「分かりました……イグリットさんって、イグリット兄さんみたいですねえ」

「ややこしいなあ。ま、年上なんだから頼ってくれていいよ」


 私は「水ください」と手を挙げる。すぐに水が手元に来たので、タバサさんに飲ませてあげると、そのまま眠ってしまった。


「イグリットさんは、女泣かせですねえ」

「サリアさん、誤解を招くようなことを言わないでください」


 本日十二杯目のグラスを空けながら、サリアさんは笑う。


「ネルちゃんだってねえ」

「うん? ネルさん?」

「ちょっと! サリア先輩、余計なこと言わないで!」


 ネルさんが顔を真っ赤にしてサリアさんとじゃれつく。

 そういえば、どうして宴会に参加してくれたんだろうか?

 経緯が分からないが……まあいいか。


「そういえば、Eランクになるとパーティが組めますよ!」


 サリアさんが突然話題を変えた。

 パーティ?


「単独ではなく、他の人と組んで仕事ができるのか?」

「そのとおりです! まあ同じEランクの人じゃないと組めませんけどね。Dランクから二つ上まで組めるようになりますよ」

「なるほど。では報酬はどうなる?」

「等分して配られます。まあパーティ用の仕事は報酬も多いですから、分配しても十分ですよ」


 ふむ。裏を返せば単独用の仕事もあるのか。

 しかしEランクの知り合いなどいない……


「ああ。知り合いが居なければ、ギルドが斡旋しますよ」


 ネルさんが困った私に助け舟を出すように言ってくれた。


「ああ、助かります。それなら安心ですね」

「明日、ギルドに来てください。イグリットさんは槍使いで魔法も使えますから、需要がありますよ」


 魔法といっても初歩しか使えないが……まあそこは上手くやってくれるだろう。


「イグリット兄さん……待って……」


 タバサさんの寝言に「あなたたちは兄妹なんですか?」とネルさんは訊ねた。


「違いますよ。イグリットという名前を頂いただけです」

「……意味が分かりませんが」

「とにかく、血縁関係はないですよ」


 私はタバサさんの寝顔を見る。

 兄を失った少女。

 少しだけ情が湧いてしまう。

 守るというか見守るというか。

 娘のような感覚がする。


「さあ。どんどん吞みましょう!」


 しんみりしたところに。

 サリアさんの言葉で私もネルさんも吞まされ続けて。

 次の日は二日酔いになってしまった。



 二日酔いのまま、ギルドに向かう。


「あ! イグリットさん! おはようございます!」

「ああ、おはようございます……」

「元気ないですね?」


 受付に居るサリアさんが心配そうに私を気遣うが、原因は彼女にあるので何も言えなかった。


「それで、パーティの件なんだが……」

「いい人居ましたよ! あなたの知り合いの妹さんです!」


 知り合いの妹?


「アルバーナちゃん、こちらへどうぞ!」


 そう言って、やってきたのは――鬼族の女性だった。


「あんたが兄さんの言ってた面白い男かい?」


 蓮っ葉な喋り方。重そうな鎧で私よりも背丈がある。黒髪で三白眼。そして棍棒を背負っている。首元には紫水晶のネックレスを付けている。


「君は……ヴィンセントさんの妹さんかな?」

「ご名答。アルバーナだ。よろしく」


 手を差し出してきたので反射的に握る。

 とても握力が強い……


「イグリットという。これからよろしく」

「互いに挨拶が済んだところで、さっそく仕事をしないか?」


 話が早いな。世間話をするつもりはないらしい。


「あなたたちにぴったりな仕事、ありますよ!」


 サリアさんが私に依頼書を見せる。

 大柄な熊が描かれているが、まさか……


「農村を襲っている熊退治です! 詳しいことは村長さんに聞いてください!」


 大ネズミの次は、熊退治か……

 異世界で生きるのは、容易じゃないな。

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