第6話ビックマウス

 ギルドに通うようになって一週間後。

 タバサさんに借りていた金をもう少しで返せるところで、私はサリアさんに呼び出された。


「……私が不正を働いていると?」

「ええ。ギルドの職員が疑っているみたいなんですよ」


 サリアさんが申し訳なさそうな顔で告げてきたのだけど、私には心当たりがない。

 さっきからサリアさん以外のギルドの職員の視線に刺々しいものを感じていたが……


「連日、百匹近いネズミを持ってきてくださるのは助かりますが、それが疑惑になっているんです。誰かの手を借りているのか、それとも何らかの裏技を使っているのかなど……」

「はあ……しかし私は不正をしていない。どう証明したらいいんだ?」


 サリアさんは「ギルドの職員があなたを監視します」とすまなそうに言う。


「ネルさん。イグリットさんが来ましたよ」


 サリアさんが呼ぶと「既に準備はできています」とこちらにやってくる職員が居た。

 二十代ぐらいのエルフの女性のようだ。背が高く軽装で弓矢を携えている。エルフの例に違わず美形で銀髪がとても長い。しかしこちらを見る目つきは悪い。疑っているようだ。


「ネルといいます。今日はあなたの監視をさせていただきます」

「そうですか。私の名は――」

「必要ありません。あなたの情報は覚えています」


 ふうむ。これは相当頑固な人だ。生前の私のように頑固だ。


「さあ、行きましょう。時間が惜しいです」

「……分かりました。それでは行ってきます」


 サリアさんに別れを告げて、私とネルさんはいつもの地下水道に向かった。


「そういえば、あなたの保護者であるタバサさんは、どうしましたか?」

「ああ。彼女は友人のセーリカさんとDランクの仕事をしています。彼女たちも生活費を稼がないといけませんから」


 まあ一人で慣れた頃だったのでちょうどいい。タバサさんは私が一人で行動することに納得しなかったが、セーリカさんの説得のおかげである程度自由になれた。

 セーリカさんは私がタバサさんと一緒に行動するのを嫌っていた。友人を取られたから当然だろうと私は思っている。


 地下水道に着いて、ネルさんに「仕事を始めてもよろしいですか?」と訊ねる。


「どうぞ。私のことはいないものとして扱ってください」


 それは難しいが、監視とはそういうものだろうと納得して、仕事を始めた。

 まずネズミがたくさん居る場所を探す。足元を見ながら糞や食いカスを目印に進む。一週間の経験から、むやみやたらに探し回るよりもネズミの巣を探すほうが効率的だと分かった。


「おっと。ここだな」


 ネズミがうじゃうじゃ居る場所を見つけた。五十匹はいそうだ。

 私は素早く槍を繰り出して、ネズミを正確に突き殺していく。よく分からないが、一週間も過ぎると熟練の槍使いのように突くことができた。

 しかし数匹逃してしまう。それは仕方のないことだ。大規模な魔法が使えれば一掃できるのにと思わなくもない。タバサさんから譲ってもらった魔法書には、基礎的な魔法しか載っておらず威力も小さかった。


「その歳でギルドに加入して、そんな槍さばきができるのは、素晴らしいですね」


 ネズミを回収しているとネルさんが私を手放しに褒めた。


「これで疑いを晴らすことはできましたか?」

「逆に新たな疑いを持ちましたよ。あなたは、何者なんですか?」


 どきりとすることをネルさんは言う。


「普通、ギルドに加入する年齢は、早くて十二才、遅くて二十歳です。しかし、二十半ばであるあなたは加入時期が遅いのにも関わらず、そのように熟練の技を身に付けている。そこがおかしい」

「…………」

「だから私はあなたに聞きます――何者ですか、と」


 自分が何者なのか。それはあやふやで不確かなものだ。

 日本という国に居た記憶はあるが、自分の名前が分からない。

 家族に冷たく接した記憶はあるが、家族の詳細が分からない。

 私は――何者だ?


「……大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど」


 自分ではどうしようもないことを考えていると、気分が悪くなるものだ。


「ええ。大丈夫です」

「……仕事を続けてください」


 そうしようと思って、ネルさんのほうを向いた。

 私が向いていたのは行き止まりだったからだ。

 すると――


「――っ! 危ない!」


 ネルさんを思わず庇う――爪が私の腕を抉る!


「なっ――」


 ネルさんが息を飲むのが分かった。

 目の前に居るのは、大きなネズミ。

 凶暴そうな目で――私たちを睨む。


「逃げるぞ!」


 私は腕を庇いながら、ネルさんに促す。

 二人で駆け出して――大ネズミの脇を通り、出口へと向かう!


「ぴゅぎゅああああああ!」


 大ネズミが追いかけてくる――背中に突進された。


「ぐはっ!」

 

 転がって体勢を崩してしまう。

 起き上がろうとして――大ネズミが私を殺そうと爪を繰り出す!


「イグリットさん!」


 ネルさんが矢を放ってくれなかったら、私は死んでいただろう。

 矢は大ネズミの肩に当たった。痛みに悶えている隙に立ち上がり、ネルさんが「こっちよ!」と誘導した小道に入る。

 小道は私とネルさんは入れたが、大ネズミは入れない広さだった。大ネズミは小道の入り口に立っている。

 奥のほうへ行こうとするが――行き止まりだった。


「最悪ね。あの大ネズミ、きっとここのボスだわ」


 ネルさんは悪態をつきながら、どうしたものかと思案している。


「大ネズミを倒すしかないでしょう。常識的に考えて」

「できたらそうするわよ。でもね、ただの矢じゃ効かないのよ。こんなことなら破魔矢でも持ってくるんだったわ」


 うーん。そうか。

 ただの矢が効かないのなら、工夫するしかないな。


「大ネズミに弱点はありますか?」

「……属性魔法ならなんでも効くわよ。でも私は――」

「分かりました。それなら倒せます」


 ネルさんは嘲笑いながら「よくもまあそんな大口叩けるわね」と言う。


「大ネズミはDランクの冒険者が徒党を組んで討伐する魔物よ? あなたに倒せると思っているの?」

「……いつの間にか、敬語じゃなくなっていますよ?」


 ハッとしてネルさんは口元を押さえた。


「倒せるか倒せないかは問題じゃないんです。あれをどうにかしないといけないのなら、どうにかするしかないでしょう」


 私はネルさんに言う。


「矢を貸してください。先端に火を点けます」


 私は魔法で火を矢に点けた。そしてネルさんに渡す。


「火矢ならある程度効くでしょう。普通の矢でも少しダメージがあるのだから」

「……分かったわ」


 ネルさんが火矢を――入り口に陣取っている大ネズミに向けた。

 私は自分の肩の出血から、時間をかけると危ういなと思った。


「火矢を放ったら、私は大ネズミに向かいます」

「……危ないわよ?」

「ええ。ですからよく狙ってくださいね」

「……分かったわ」


 ネルさんは集中して――大ネズミに向かって、火矢を放った!

 火矢はなんと大ネズミの右目に当たった!


「ぴぎゅああああああああ!」


 悲鳴をあげてのた打ち回る大ネズミに向かって、私は突撃する!

 そして槍を大ネズミの首元に――突き刺す!

 めちゃくちゃ暴れる大ネズミだったが、槍を抜いて大量の血が吹き出ると、次第に動きが弱まり、やがて死んだ。


「信じられないわ……Fランクの冒険者が、大ネズミを倒すなんて」


 私は尻餅をつきたい気分だったが、ぐっとこらえて「これどうします?」とネルさんに訊ねる。

 ネルさんは「このままで良いわよ」と溜息を吐く。


「私が証人になるわ……大ネズミ討伐の報酬をあげる」

「ありがとうございます」

「……地上に行きましょう。怪我の治療もしないと」




 それからのことはあまり覚えていない。

 地下水道から出た途端、私は気絶してしまったのだ。

 それから二日ほど眠ってしまった。

 三日後に目覚めるとタバサさんが泣きながら怒った。

 何がなんだか分からないけど、心配をかけたことを詫びた。


「イグリットさん。ギルドから特別報酬がありますよ」

「うん? 特別報酬? なんだいそれは」


 タバサさんは目が真っ赤なまま「銀貨五十枚とEランクへの昇格です」と言う。


「凄いですよ。こんなに早く昇格だなんて」

「あはは……」


 本音を言えばまだまだ実力不足なので、Fランクの仕事をしたかったのだが……

 世の中上手く行かないようだ。

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