第5話ギルド

 冒険者ギルド――FからSまでの七つのランクによって仕事が割り振られる、職業斡旋所だ。その仕事は多岐に渡り、清掃業からドラゴン退治まである。そう、この世界にはドラゴンが居るのだ!

 私はタバサさんに連れられて冒険者ギルド、アイリーリア支部にやってきた。ここでFランクの冒険者として仕事を始めるのだ。ということはいきなりドラゴン退治などしなくて良いということになる。少しだけ安心した。


「初めは面白くないと思いますけど、イグリットさんならすぐにランクアップできますよ!」


 太陽のような笑みを見せるタバサさん。いや、あまり身の丈に合わない仕事はしたくないのだが……


「早く登録しましょう! サリアさーん!」


 そう言って前に会った人ではない、妖精族の受付嬢の下に向かうタバサさん。私もついて行く。サリアという妖精は桃色の髪にトンボか蝶のような羽根を背中に生やしている。

 妖精族は小柄だが回復魔法に長けた種族と聞いている。

 受付は市役所みたいな仕切りがあった。


「はいはい。タバサちゃん、準備はできていますよ」


 そう言って私に冒険者の登録書と証を手渡した。


「登録書は普段持ち歩かなくて大丈夫です。失くさないように保管してくださいね。証はあなたのランクとどれだけ仕事をこなしたかの証明になります。仕事を終えたら受付の水晶にかざしてください」

「分かりました。ありがとうございます」

「では、さっそく仕事を請けられますか?」


 私は「どんな仕事がありますか?」とサリアさんに訊ねた。


「そうですね……狼退治と地下水道の清掃ですね。狼は五頭ほど退治すればノルマ達成です。地下水道は主にネズミを処理してください。落ちている死体でも殺しても構いません。袋に二十匹以上入れてください」

「それぞれの報酬は?」

「狼退治は銅貨十枚。ネズミ退治は銅貨五枚です。それと、ノルマ以上達成したら追加報酬があります」


 なるほど。ならば私の実力からして地下水道の清掃のほうが安心だな。


「では地下水道の清掃をします」

「かしこまりました。ではこちらの地図と袋をお持ちください」


 そう言って手渡されたのは地下水道の地図と分厚い袋だった。袋のほうは二十匹どころか百匹は入りそうだな。


「時間制限とかありますか?」

「ギルドの受付時間は夜七時までですから、それまでに持って来てくれればいいですよ」

「ありがとうございます。ご丁寧な説明、助かりました」


 頭を下げると「イグリットさんもとても丁寧な人ですね」と驚かれてしまった。

 私は受付から離れて、タバサさんと一緒に歩く。


「私も手伝ってあげたいのですが、ランクが離れすぎるとできないんです」

「そうか。じゃあなるべく早くランクを上げないとな……」


 少しでもタバサさんの手伝いをしたいし、お金も返さないといけない。

 自立しなければならぬ。


「そ、そうですね! 早く私も、イグリットさんとパーティ組みたいですし!」


 何故か顔を真っ赤にするタバサさん。よく分からないが怒らせてしまったのだろうか?

 出口に向かって歩いているときだった。

 私が背負っている槍の柄の先が鬼族の男――大柄で肌が茶色い。黒人みたいだが、角我が生えている――の脚に当たってしまった。


「ああ。申し訳ない」


 軽く謝ると鬼族の男が「待たんかいゴラアアア!」と怒鳴ってきた。


「人の足を引っ掛けておいて、申し訳ないだあ? 馬鹿にしとんのかあ!」


 これは因縁をふっかけられているのではなく、私が悪い。

 私は振り返って「本当にすみませんでした」と謝る。


「私の不注意です。勘弁願いたい」

「ああん? それで詫び入れとんのか!?」


 周りの冒険者は注目するが、助けようとしない。それどころか面白そうに見ていた。

 職員も我関せずといった感じだ。サリアさんだけがおろおろしている。


「あなたは、ヴィンセントさんですか?」


 タバサさんはこの鬼族のことを知っているようだった。


「……俺のことを知っているのか?」

「ええ。Cランクの『虎殺しのヴィンセント』の名は私の田舎でも届いています」


 そんな有名人の足に槍を引っ掛けてしまったのか。


「なら話が早い。詫び賃に銀貨一枚持って来い」

「そんな……! 足に当たっただけじゃないですか!」


 タバサさんが喚くが、ヴィンセントは「じゃかあしいボケ!」と怒鳴る。


「この場で決闘してもええんやぞ! つべこべ言わずに払えやボケが!」

「わ、分かりました。払います……」


 タバサさんが財布から銀貨を取り出そうとしたのを――私は止めた。


「い、イグリットさん?」

「これ以上、あなたに迷惑をかけるわけにはいきません」


 私はヴィンセントと向かい合った。目と目が合う。


「ヴィンセントさん。元はと言えば私が柄を足に当てたのが悪い。当然、銀貨一枚払おう」

「ああ? ……えらい素直だな」

「しかし今日初めて仕事を請けたばかりで、持ち合わせがない。そこでどうだろう。これから仕事をしてくる。その金を元手に私と賭けをしないか?」


 ヴィンセントは「賭けだと?」と怪訝な表情をした。


「私がどれだけネズミを袋に入れられるかを予想するのだ。おっと、今は言わなくていい。私が出て行った後、タバサさんに数字を書いて渡してくれ。その数字の誤差が十五以下だったら、銀貨一枚借金してでも払おう」

「もし、誤差が十五以上だったら、どうするんだ?」

「銀貨一枚は諦めてもらおう。恨みっこなしだ」


 ヴィンセントは腕組みして「制限時間は?」と訊ねた。


「そうだな。今が十一時だから、夜六時までの七時間はどうだ?」

「おもろいやないか。しかしお前が戻ってくる保証はあるのか?」

「仕事を請けたらギルドに戻るのがルールだ。破れば次から仕事を貰えない」


 ヴィンセントは「筋は通っているな」と軽く笑った。


「ええやろ。さっさと行ってこい」


 私はこうして、自分の利益にならない賭けをすることになった。

 自分でも何故、こんな賭けを持ち出したのか分からない。

 しかしこれ以上タバサさんに迷惑をかけるのは良くないと思ったし、何より自分だけの力で何かをしなければいけないと思ったのだ。




 地下水道はじめじめしており、ネズミが大量発生してもおかしくない環境だった。

 松明が水道内にかけられているのでぼんやりと明るい。おそらく冒険者ギルドの配慮だろう。

 さっそくネズミを見つけた。しかし槍を繰り出す速度が遅いせいか、なかなか当たらなかった。


「魔法を使えればいいが、それだと魔力が枯渇してしまうしな……」


 仕方ない。槍でやるしかない。

 しかしどうして当たらないのだろうか?

 常識的に考えて、こちらの動きを読んでいるのだろう。

 であるならば、逃げ道を予測して刺せば良いのでは?


 私は一匹のネズミを見る。

 見る。

 見る見る。

 見る見る見る――逃げる!


「しゃああああああ!」


 私はネズミの動きを予測して、刺すことに成功した。


「うん。慣れればどうってことないな」


 この調子で頑張ろう。

 まずはノルマを達成しなければ。




 夜六時前。私は冒険者ギルドに戻った。


「逃げずに来たか。それは褒めてやる」


 ヴィンセントは律儀に待っていたらしい。後からタバサさんに教えてもらった。

 タバサさんは心配そうに私を見つめている。


「そっちの予想した数は、なんだ?」

「俺が予想したのは、ノルマの二十匹だ。仕事、初めてなんだろ? それが限界だな」


 そう言って紙を見せるヴィンセント。

 私はにやりと笑った。


「私の勝ちだな」

「ああん?」

「サリアさん、ネズミです」


 私はサリアさんに袋を預ける。

 サリアさんは驚いたように目を向いた。


「ええ!? 百匹!? よくもまあそんなに狩りましたね!」

「なんだと!? 百匹!?」


 ヴィンセントが驚くのは無理もない。

 実はネズミがうようよいる巣窟に遭遇したのだ。

 大半は逃げてしまったが、それでも百匹は狩れた。


「お前、本当に素人か?」

「ここにいるサリアさんが証人だ」


 周りに居る冒険者も驚いたようだった。


「おいおい。百匹も初心者が狩れるか?」

「不正でも働いたんじゃないか?」


 私はそんな声を無視して、冒険者の証を水晶にかざし、報酬を受け取った。


「凄いですよ! イグリットさん!」


 タバサさんが私の手を握って飛び上がって喜んでくれた。


「大した奴だ。俺の負けだ」


 ヴィンセントは素直に負けを認めた。


「意外だな。駄々をこねると思ったが」

「冷静になって考えたら、言いがかりつけたのは俺だからな」


 頬を真っ赤にしたヴィンセント。どうやら先ほどは虫の居所が悪かっただけみたいだ。


「お前には必要ないと思うが、困ったことがあれば俺に何か言ってくれ」


 手を差し出すヴィンセント。私はその手を握る。


「ありがたい。ここにはあまり知り合いがいなくてね」


 ひと悶着あったが、なんとか解決した。

 しかしそう思っていたのは、私だけのようだった……

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