第4話ウェポンショップ

 この世界――セレナ大陸には五つの種族があり、人間、エルフ、ドワーフ、鬼族、妖精族が居る。彼らはそれぞれ国を持っているが、どの種族も支配していない空白地域がある。アイリーリアは五つの種族が混在しているツボル国の一都市である。

 それぞれ種族ごとに得意不得意があり、たとえばエルフは魔法が得意だが力仕事は苦手だ。逆にドワーフは鍛冶などの力仕事が得意だが簡単な魔法しか使えない。

 だからこそ、五つの種族は互いに手を取り合い、繁栄してきたのだ。


 しかし、彼らの生活を脅かす生物が居る。

 魔物である。奴らは人を襲って食らうのだ。それらに対抗するために国や街は防衛として軍隊や自警団を組織している。そして中には魔物を狩ることで生計を立てる冒険者も居るのだ――


「というわけで、イグリットさんには冒険者になってもらいます」

「えっ?」


 森から出て一週間が経った。

 私は今、タバサさんの力を借りて生活をしている。いや、はっきり言ってヒモのような生活をしていた。

 言い訳させてもらうと、文字の読み書きがまるでできなかったからだ。この世界の識字率はかなり高く、子どものうちに簡単な文法ぐらいは会得できるらしい。

 そのため、文字とついでに世界の成り立ちを習っている途中なのだが、タバサさんに突然、冒険者になれと言われて思考が停止したのだ。


「冒険者? 私が?」

「はい。イグリットさん、物覚えがいいですし、勉強しながら仕事もできるかと思いまして」


 もっともな道理だとは思うが、しかし冒険者になれるのだろうか、この私が。


「冒険者のなり方ってあるのかい?」

「十五歳以上の人で試験を受けるか、Dランク以上の人の推薦でなれますよ。私、ギリギリ条件を満たしているので推薦で応募しました」

「しました、ということはもう既に決定したんだね……」


 目の前のタバサさんを見る。金色の髪を二つに分けている。いわゆるツインテールというものだろう。しかし短髪なので短くしか結べないみたいだ。

 顔つきはかなり幼い。聞けば十六歳なのだとか。兄が行方不明になって、周りの冒険者に頼んでも詳細が分からなかったらしく、それならばと幼馴染のセーリカとともに冒険者になったようだ。私の許可を得ないことといい、意外と行動派みたいだ。


「それで、結果はいつ分かるんだい?」

「物分りいいですね。セーリカのときは文句言われました」

「……私でもうやめておきなさい。それで、結果は?」

「ああ。明日には冒険者の登録書と証がもらえます」


 早いな。それほど冒険者の人手不足なのか。それともギルドの仕事が早いのか。


「うん。明日はギルドに行くんだね。じゃあ今日は明日の分まで勉強しないと……」

「イグリットさん、何を言っているんですか? 冒険者になるんですから、準備のために買い物へ行きましょうよ!」


 本当に行動派だな。一週間前とは大違いだ。

 ま、身内が亡くなったと分かったのだから落ち込むのも当然だが。

 ……私が亡くなったときは、どんな葬式だったのだろうか?


「しかし、私には手持ちの金が……」

「私が出しますから大丈夫ですよ」


 なんでこの子は私をそこまで助けてくれるんだろうか?

 一週間前に泣いているこの子を親身になって慰めたからだろうか?

 すっかり懐かれてしまったタバサさんに連れられて、私は宿を出た。

 うーん。日差しが眩しいな。


「セーリカさんは? 一緒じゃないのか?」

「ああ。セーリカちゃんはギルドの仕事です。誘ったんですけど断られちゃいました」


 どうもセーリカさんに嫌われている感じがする。ま、仕方ない。余所の世界から来たうさんくさい男など信用できるわけがない。

 ちなみに私が日本から来たことを知っているのはハスターたち四人だけだ。あまり口外しないほうが良いとハスターに言われた。

 そのハスターとササークは別の街へ旅立ってしまった。彼らの拠点は別にあるらしい。彼らには感謝している。いずれ恩を返そう。


 道を歩いていると、通行人が私を見ている気がする。中には二度見をするものまで居た。


「そんなにおかしいだろうか? この服は」

「まあ見たことないですからね」


 私は今、スーツを着ている。もうすっかりボロボロになってしまったので、買い換えたいところだが、図々しいと思われるので、言い出せずにいた。


「ここで武器と防具を買いましょう」


 タバサさんが指差したのは武器屋だった。看板の字はまだ読めない。

 中に入ると「いらっしゃいませ!」と愛想の良い声が聞こえた。

 店番をしているのは、妙齢で美人なドワーフの女性。店の奥からかきんかこんと鍛冶の音がする。


「おや。変な格好のお兄ちゃん。何か彼女にプレゼントかい? でもね、こんな色気のないところじゃ満足できないと思うけど?」


 彼女? ああ、私は今、二十代の身体だったな。


「かかか彼女!? 私は、その……」

「恋人ではない。ただ世話になっている者だ」


 照れるタバサさんより早く事実を述べると「……そんな否定しなくても」と呟かれた。

 ドワーフの女性は「なんだいヒモか」とつまらなそうに心を抉ってくる。


「どんなもんがほしいんだい? ああ、オーダーメイドは高くつくよ」

「有り合わせでいい。ええと、タバサさん、何が必要なんだ?」


 タバサさんに訊ねると「まず武器を選んでから防具を決めたほうがいいですよ」と的確なアドバイスを貰った。


「イグリットさんはどんな武器がいいですか?」

「そうだな。武器自体触ったことがないからな……」

「なんだい。その年齢で武器も触ったことがないのかい?」

「まあ事情があってね……とりあえず奥さん、槍を見せてくれ」


 槍ならば洞窟や森で慣れていたから、扱えると思った。

 ドワーフの女は「私はルビィだよ」と名乗ってくれた。


「槍ならあそこにあるよ。予算はどのくらいだい?」

「銀貨十枚で防具も考えたいんですけど」

「うーん、じゃあ防具は軽装になっちゃうね」


 私には武器や防具の良し悪しが分からないので、ルビィさんの言うとおりに購入した。


「ま、初心者向けだね。試しに装備してみなよ」


 私は「試着室はないのか?」と訊ねた。


「そんなもんないよ。それに防具は服の上から付けるもんだから」

「そういうものなのか? 分かった」


 私は剣道の胴のようなもの――胸当てというらしい――とスネ当て、腕周りのプロテクターを付けた。思ったより軽い。

 そして槍を持つ。


「へえ。見てくれはいいねえ」

「格好いいですよ! イグリットさん!」


 女性二人に褒められて嬉しくないわけがない。


「ありがとうございます。タバサさん、ルビィさん」

「そんじゃお会計だけど、ぴったり銀貨十枚ね」


 タバサさんが支払いを済ませたとき、奥から「だあああ! 上手くできねえ!」と怒鳴り声を発しながら、ドワーフが出てきた。

 おそらく旦那だろう。筋肉隆々で立派な口ひげを生やしている。ルビィさんと同世代だろう。


「ちょっとサフィ。お客さんが居るのよ?」

「ああん? 客だと?」


 サフィと呼ばれたドワーフが私をまじまじと見た。


「ほう。素人だが良い目をしているな。お前さん、大物になるぜ」

「はあ……ありがとうございます」


 思わずそんな返事しかできなかったが、そのどうでもよさそうな感じが好感を得たらしく「頑張れよ! 若いの!」と思いっきり背中を叩かれた。痛い。


「あんた、冒険者か?」

「明日から冒険者です」

「はあん。じゃあDランクに上がったら店に来い。新しい槍を作ってやるよ」


 するとルビィさんが「またいつもの気まぐれかい……」と呆れていた。


「でもまあ旦那に見込まれるなんて、あんたには才能があるかもね」

「才能?」

「いや、気にしないでいいよ」


 よく分からないまま、私たちは店を出た。

 その後はタバサさんに新しい服と使い勝手の良いナイフを買ってもらって、その日は休むことにした。

 はあ。明日から冒険者か。

 入社式以来の緊張だな。

 ベッドで布団に包まるものの、あまり眠れなかった。

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