第2話エンカウント
目覚めてから三日が経った。
その間にしたことと言えば、まるで石器時代のような日々を送ったくらいだろうか。
まず行なったのは唯一の武器である槍の練習だろう。狭い洞窟内だったので、槍を突く練習しかできなかった。空腹だったが焦りは禁物だった。常識的に考えて、狼が居るのだからその餌である草食動物が居るはずだ。もちろん草食動物の餌である果実や野菜もあるかもしれない。しかし動物性タンパク質はいずれ摂取しなければいけない。
突きの練習をしていると、異様なことが判明した。
十回突きを行なうと、前の突きよりも上手くなっている。自分に優れた運動神経があるとは思えないが、どうも上達が早い気がする。五十回こなした頃には狙ったところに突けるようになった。試しに岩肌に的を描くとほとんど真ん中に当たった。
「身体が若返っているせいか? よく分からないな」
既に自分の身体が五十代ではなく二十代前半であることは何となく分かっていた。そしてこの世界が今まで生きていた世界ではないことも。
とりあえず、私は小動物狙いで狩りをすることにした。それとできれば役立つものがあれば嬉しいのだが……
探索してほどなく、うさぎらしきものを見つけた。らしきというのは、うさぎの耳が漫画のように長く大きいからだ。もしかしてうさぎではないのかもしれない。しかし身体のサイズは私が小学生の頃、学校で飼われていたほどぐらいだ。
まあいい。そろそろ水だけでは凌げない状態に来ていた。
私はゆっくりとうさぎに近づく――
「ぴゅぎゃああ!?」
しまった、気づかれた!? 逃げられる――
そう思ったのもつかの間、うさぎは私に向かって突進してきた!
「う、おおお!?」
なんとか回避すると、うさぎは勢いよく木にぶつかった。そしてふらふらとこっちにやってくる。
好戦的なうさぎだなと恐れを抱きつつ、私はうさぎを上から刺した!
断末魔の叫び声を上げながら、うさぎは身体を痙攣させて――死んだ。
「あまり気持ちの良いものではないな……」
私は急いでうさぎを持って、洞窟に帰った。
あのうるさい叫び声を聞いて狼が寄ってくるかもしれないからだ――常識で考えて。
さて。生前料理をしたことのない私がどうやってうさぎを捌けば良いのだろうか? 捕まえる前は丸焼きにすれば良いと思っていたが、冷静になって考えると血抜きの処理はしなければいけないだろう。
とりあえず、槍の刃先を使って首を撥ねて、血を出す。服をこれ以上汚したくなかったので、間合いのある槍で良かった――しかし捌くことを考えたらナイフがあったほうが良かったのかもしれない。
僧侶の持ち物にはナイフがなかったので諦めるしかなかった。仕方なしに不器用ながらも槍の刃先で内臓やらを取り出した。これは後で使うので分けておく。
やっと食べやすい大きさに切り終えて、拾った木の枝に魔法で火をつけて、枝にうさぎの肉を刺して焼く。良い匂いが洞窟中に漂う。調味料がないのが残念だが、焼けたのでそのまま食べる。
この世界での初めての食事は、香ばしいが味気の無いものだった。
しかし空腹だったので無我夢中で食べた。
ただの肉がこんなに美味しいとは思わなかった。
腹も膨れたことで当分は生き残れる。安心した私は魔法書を読む。
何々? 麻痺魔法か……
うん? 何故次のページが読めるんだ?
とりあえず読めるページを読もう……ほう。人は魔物を倒すことで経験を積み、その経験によって魔力を高めるのか。
つまり、魔力を高めることで魔法書に書いてある魔法が読めて使えるようになるのか。
生前の常識がまったく通用しないな……
「強くなれば、この洞窟を抜け出せるかもしれない……」
そう考えるのが妥当だろう。
この日は納得して寝ることにした。
次の日。私は昨日残しておいた内臓を洞窟の前に置いた。頭部も置いておく。本当はモツとして食べようと思っていたが、知識がない以上、下手に食べるのは危険だ。 それならと私は思いついたことをしてみることにした。
思いついたことというのは、撒き餌である。
案の定、狼が一頭現れた。内蔵を見つけると初めは警戒していたが、危険が無いと分かると喰らいついた。
深呼吸して、心臓を落ち着かせる。
大丈夫、常識的に考えて、あの狼は倒せる……!
「――パラライズ!」
麻痺魔法を狼に放った。魔法が効いたのか、狼は伏せの状態になる。
私は洞窟から飛び出して、狼の胴体に槍を突き刺した!
そこからははっきりと覚えていない。気がついたら狼は死んでいて、私の服はかなり汚れていた。
狼の死体を食べるかどうか迷った末、埋葬することにした。とてもじゃないが狼は解体できない。
私は魔法書を読む。
おっ! 読めなかったページが読める!
異常状態回復、毒魔法、沈黙魔法などを覚えられた。
異常状態回復は麻痺や毒などを治療できるらしい。毒魔法は分かるが、沈黙魔法というのはいまいち分からなかった。
その日はそれからうさぎを三匹狩って食べた。やっぱり味気ない。
そして三日後。私はそろそろこの森を抜け出すことに決めた。
持っていくものは槍と魔法書だ。僧侶の死体は置いておくことにした。手帳は迷ったがこれ以上荷物が多いと魔物と戦えないので、残すことにした。
はっきり言って森の外は危ういかもしれない。
しかしこのまま森に居ても進展はなさそうだ。
だから――外へ出ることにする。
森の外に出るまで、狼が幾度か現れたが、火の魔法を放ったらなんとか逃れられた。あいつらは火が苦手らしい。
森を抜けるにはどうすればいいのか。それは僧侶の手帳に書かれていた。
僧侶は西へ向かって旅をしていたと書かれていた。だとすれば常識的に考えて東に向かえば森の入り口に出るはずだ。
歩いて数時間。鬱蒼とした空間に耐えて――ようやく森を抜けられた。
外は草原だった。いや平野と言うべきかもしれない。
どこかに人は居ないだろうか……
辺りをきょろきょろ見渡すと、すぐ近くにテントが見えた。こじんまりとしたテントが二つある。
良かった! 人に会える!
「おおい! 誰か居ないのか!?」
私が大声をあげながら近づくとテントから四人の男女が現れた。男二人に女二人だ。
男の一人はがっちりとした西洋鎧を着ている。もう一人の男はロビンフットみたいな狩人風。弓矢を持っている。
女の一人は軽装で手にはメリケンサックのようなものを付けている。もう一人は見覚えがある。僧侶の格好をしていたからだ。
四人とも私を警戒しているようで、武器を構えている。
私は持っていた槍を地面に置いて、敵意のないことを示した。
「わ、私の言葉は分かるか?」
四人ともヨーロッパ系の外国人だったので、そう言うと「ああ、分かるが……」と鎧男が答えた。
「お前、何者だ? どこから来た?」
「も、森からだ……」
「森だと? じゃあイグリットという人物を見なかったか?」
聞いたことの無い名だと素直に言うと弓矢の男が「僧侶だよ」と短く言う。
「……イグリットという人かどうか分からないが、僧侶の服を着た白骨死体は見た」
「どこにだ?」
「森の奥の洞窟に……」
「案内できるか?」
鎧男の言葉に私は首を横に振った。
「無理だ! もう戻るつもりはなかったから、覚えていない!」
「その話を証明できるものはあるか?」
私は「そこに置いた槍は僧侶のものだ」と言う。
「それにこの本も僧侶の持ち物だ」
「確認させてもらおう。おい、ササーク。こいつを見張っててくれ」
「了解」
弓矢の男はササークというらしい。
鎧の男は軽装の女と僧侶の女で持ち物を調べ始める。
やがて――
「ああ! イグリット兄さん!」
僧侶の女が泣き崩れてしまった。その言葉から兄妹だったのだろう。
鎧の男は僧侶の肩に手を置いて、それから私に「あんたの言ったことは本当だったな」と悲しそうに言った。
「あんた、何者なんだ?」
「それが、思い出せなくて……」
泣き崩れている僧侶以外は怪訝な表情になった。
「どういうことだ?」
「話せば長いことになるが……」
「そうか。ならとりあえず街に戻ろう。あんたもついて来い」
よく分からないが鎧の男に従うことにした。
街に行けるのなら願ったり叶ったりだ。
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