厳格親父の異世界暮らし ~チート能力の『常識』を駆使して生き抜きます~

橋本洋一

第1話ロンリーライフ

 私は――家族に恨まれていた。

 妻と子どもたちは私を恨んでいたのだろう。家族サービスなど一回もしたことがない。ただただ実直に仕事だけをこなしてきただけの人間だ。

 家に帰っても会話などせず、疲れて寝るだけの生活。旅行はおろか、子どもとキャッチボールすらしたことがなかった。

 家庭を省みない生活を送ったせいで、天罰が下ったのだろう。


 ある日、心臓麻痺で私は死んだ。

 とても安らかとは言えない最期だった。会社内で書類を床に落とし、膝をついて胸を押さえながら、呼吸のできない苦しみの中、最期に思ったのは――午後の会議についてだった。

 今わの際でさえ、家族ではなく仕事のことを考えるなんて。

 自分らしいと言えば自分らしい。




 気がつけば洞窟の中に居た。

 正確に言えば仰向けに寝ていた。ぴちゃんという水が落ちる音で気がつく。

 ごつごつとした岩。じめじめとした地面。薄暗い空間だったが、出口が近いせいか周りの様子は窺えた。

 起き上がると天井が低いことに気づく。身長ぎりぎりというわけではないが、ジャンプしたら手が届くぐらいの高さだ。

 身体を触ってみる。スーツを着ていた。しかしポケットを漁っても何も無い……うん? 手がすべすべしている?

 どうも身体の調子がおかしい。いや悪くはない。むしろ良い。顔を触るとかさかさした肌の触感ではない。

 とりあえずこの場から離れよう。私は洞窟から出た。


 外に出るとますます自分の身体の違和感に気づく。腹が出っ張っていない。それどころか腹筋が付いている――それよりも状況を確認しよう。洞窟の外は森だった。どう見ても手入れのされていない森林だ。

 さて。どうしたものか。空を見上げると日が高い。探索する時間はありそうだが、熊や野犬などの獣が出るかもしれない。ここは常識的に考えて、何かしらの身を守るものが必要だ。

 できれば火が使えればいいのだが、ライターなど持っていない。生前はタバコを吸っていなかった。

 ……生前? そうだ、私は死んだはずだ。しかし何故か私はここに居る……ここは天国か? それとも地獄か?

 ――そもそも私は何者なんだ? 

名前が分からない……


「ぐるるるる……」


 頭痛が起きそうな状況の中、後ろから獣の唸り声がした……

 振り返ると、灰色の狼が居た。

 おそらく私を襲う気だろう。殺気立っている。


 一目散に逃げ出した。狼に勝てるわけが無い。


 灰色の狼がこちらに向かってくるのを肌で感じる。

 逃げねば。一度死んだ身だが、食い殺されるのはごめんだ。


 気が動転してしまったせいか、洞窟に逃げ込んでしまう。行き止まりかもしれないのに――しかし何故か狼は追って来ない。


 何かにつまずく。たたらを踏んで転ぶのを耐える。

 私は足元を見る。見てしまった。

 つまずいたのは、白骨化した死体だった。

 昔、テレビや新聞で見たような、神父の服を着ていた。


 あれから数時間経った。

 狼は洞窟の中には入ってこない。理由は不明だ。

 私は白骨化した死体を向き合って、体育座りしている。

 いずれ私もそうなるのだと考えると、次第に悲しくなってくる。


 暗くなる前にやることがあった。

 死体を物色するのだ。何かナイフか武器がないか確かめるためだ。

 期待は薄いし、やりたくないことだが、やるしかない。

 死体の周りを捜すと、手帳のようなもの、分厚い本、そして西洋の槍のようなものを見つけた。槍を見つけたときは、思わず「おお、やった!」と叫んでしまった。

 叫んだときに声が若かった気がするが、気のせいだろう。

 とりあえず、読みやすそうな手帳から読むことにする。


 なるほど。どうやらこの死体は旅の僧侶らしい。つまりこの槍は護身用か。

僧侶は一人旅をしているうちにこの迷いの森に入ってしまったらしい。その際、狼たちに襲われて、脚を怪我したようだ。最後の力を振り絞って、洞窟に魔法で結界を張ったらしい。そのおかげで狼たちは洞窟内に入れないようだ。

……魔法? 結界? 


 最後のページには無念の思いと神の元へと召されることを祈る文章が書いてあった。


「……あまり役に立ちそうにないな」


 次に私は分厚い本を開いた。

 な、なんだこの本は? 見慣れない文字が書かれている……

 表紙の題名を読んでも分からない……うん? 何故か読めるだと?


「初歩魔法書……?」


 読めないはずの文字の意味が分かるという常識外れのことが起きていた。

 訳が分からない。

 私は真ん中ではなく、おそらく最初のページであろうところを開いた。


「……火の魔法? 回復魔法?」


 意味が分かるところを読むと、ページが光り輝いた。

 脳に直接何かが刻まれた感覚。


「……ファイア」


 頭に浮かんだ言葉を口にすると手のひらに煌々とした小さな火の玉が出てきた。


「……ありえないだろ魔法なんて。常識がおかしい」


 思わず声に出してしまったが、受け入れるしかない。

 現実を受け入れるしかない。

 ここは魔法が使える世界なのだ。

 そしてこの本を読めば魔法が使えるのだ!


「しかし、真ん中のページは読めなかったのは何故だ?」


 とりあえず検証してみることにした。

 最初のページから次々と魔法を覚える。水の魔法、土の魔法、風の魔法。

 水の魔法は綺麗な水を生み出す能力。これで飲み水は確保できた。

 土の魔法は土くれを発射する能力。これは目くらまししか使えない。

 風の魔法は送風する能力。はっきりいって使いどころが分からない。


 おそらく基礎の魔法だろう。初歩魔法の中でも基礎なのだから、効果が薄いのは仕方がないことだ。

 そして五つの魔法を覚えたところでページの内容が読めなくなってしまった。

 理由は不明だ。


 魔法書を読んでいるうちにすっかり夜更けとなってしまった。

 私は腹の虫を気にせず寝ることにした。

 さて。これからどうなることだろうか……

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