幸福な気持ちで、夜の町を歩いていく。

 体の芯まで堪える寒さだが、頬が上気して、そのままスキップしてしまいそうだ。


 俺が住んでいるとんでもなく家賃の安いアパートは、大きく窪んだこの町でも、特に窪んだ場所にあった。

 辺りは空き家が多くて、人通りも少ない。その真ん中に、廃墟になった神社が建っていた。


 家がその先にあるので、鳥居の前を通る。鳥居よりも低い石段を横目に、ざわざわと木々が揺らす葉の音に耳を澄ます。

 その時、背後から足音がして、びくっとして振り返った。俺が言えたことではないけれど、夜のこの辺りで、人が歩いているのは珍しい。


 すぐ後ろにいたのは、アラサーくらいの男性だった。

 くたびれた緑色のジャージで、猫背のまま歩いている。目の下には、三日間丸々寝たくらいでは落ちなさそうなくらいに、頑固なクマがこびりついている。


 その男性は、足早に俺を追い越して右に曲がった。神社を囲むような道を辿っている。

 俺もそちらが帰り道なので、同じ方向へ曲がった。そして足を止めた。


 道の先には、誰もいなかった。この先の曲がり角までは百メートルくらいあり、オリンピック選手くらいの足の速さじゃないと、俺が見えないところまでいけないだろう。

 隣の神社の森は鬱蒼と茂り、入れるわけがない。反対側の家は、道が玄関と接していなくて、こちらにも入れない。


 背中から風が吹く。

 その寒さに身震いしながら、俺は興奮して、口を開いていた。


「……本物の、忍者だ……!」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る