今日はアイツが来る。

 月が丸い夜は、そんな予感がして、ぼくは落ち着かない気分になる。


 おうちから出て、空気を嗅いでみる。

 家族の匂い、食べ物の匂い、車が出す臭い匂い……色々な匂いが混じっている中で、アイツの匂いもどこかにあるような気がする。


 いやいや、気のせいだ。さっさとおうちに戻って寝てしまおう。

 そう思っても、目線は遠くの家の屋根の方へ向けている。


 その先に、アイツがいた。

 真っ黒な服を着たアイツ。屋根の上を、猫のように走り、隣の家へとぴょんぴょんと飛び越えていく。


 こっちの方には来ないけれど、ぼくは怖くなって、アイツに向かって吠えていた。

 四本の足で踏ん張って、こっちに来るなと、人間のアイツには伝わらなくても必死に叫ぶ。


 しばらくして、大きなおうちの上から、「うるさいよー」という野々ちゃんの声が聞こえて、ぼくは黙った。

 アイツからぼくたちのおうちを守っているのに、野々ちゃんはそのことが全然分からないみたいみたいで、悲しくなってしまう。


 おうちの中に戻りながら、もう見えなくなっていたアイツのことを考えていた。

 アイツは、友達のチャールズが追い返したと自慢していた、泥棒とは違う気がする。チャールズによると、泥棒は目立たないようにこっそり家に入ろうとしていたらしいから、あんなことはしないだろう。


 ……アイツのことを考えていたら、なんだかムカムカしてきた。

 もう放っておいて、今夜は寝てしまおう。






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