【終幕】あれは春という鮮やかな


「いって!」

 酷い衝撃だった。

 俺も数年ベッドを使っているけど、こんな目覚め方をするのは、小学生振りである。

 ベッドから落ちた。

 …………時計を見ると、8:32の文字。

 枕元のスマホを見れば、4月28日の文字。

 昭和の日は明日。ゴールデンウィークの前日。

 つまり、今までの事は全部。

「夢オチかい!」


 ふざけた話だった。



 と、言っても俺がサッカーを辞めたのも、総轍に通っている事などは特に変わっておらず、その他の事も、見た感じは一緒であった。

 マジで全部夢だったのだろうか……俺あんな恥ずかしい事したのに。

「……ほう、主演、イオリーウッドねえ」

 寝ぼけ眼を擦って、いつもの通学電車の中吊り広告を見上げる。

 どうやら、ゴールデンウイークに公開されるらしい青春映画のタイトル。そこには、青春映画には似つかわしくないおっさん俳優でなく、本来なら翌日亡くなる筈の、若い男優の名前が記載されていた。

「眠そうだね、君」

 我ながら一人のスターを救ったとか感心しているところ、例によって誰かさんに声を掛けられた。

「あきか……いや、今朝から嫌な夢を見てな」

「へえ奇遇。あたしも」

「マジで」

「休もうかと思ったね」

「相当だな」

「相当だよ」

「で、ゴールデンウィークの予定は埋まったか?」

「え、なんでとーやがその台詞言うの……あ」

 お前実はバカだろ。

 あまり関与したくないので、それ以降の会話は非常に当たり障りのないモノにした。うん。俺信じないよ。あれは全部俺の夢であって、あきはたまたま変な台詞言っただけ。俺は認めん。

「まもなく、轍の台、轍の台」

 電車のアナウンスとともに扉が開き、ホームに人が流れ込む。毎朝やってるが、相変わらずすごい人数だ。そのまま西口へ着くと、学校までの道のりがある。空は清々しく、いい天気だ。

「あったかいね」

「やっと春って感じの気温だ」

 心地よい陽気に欠伸を一つし、信号を渡る。少し歩けば、総轍への花道、桜の轍だ。

「すげえ」

「すごいね」

 入学して一か月経ってるのに、俺らは二人してそれにしばし感嘆して、足を止めた。満開の桜だ。あの、全国的に咲かなかった桜の様相を嘘のように、春の目一杯が、そこにあった。

 変わったんだ、現実が。

 きっとあと何週間かは、まだ見れるだろう。

 美しき、色彩。

「お、先客がいる」

 皆見慣れしまったのであろう、立ち止まって改めて桜の通りを見ている生徒は俺らくらいだった。

 けど、校門近く、スマホを持って背伸びしながら写真を撮る女生徒の姿があった。

 学年別に別れたスカートの色には、一年を示す赤色が施されている。

 こっそり後ろに立って、髪をわしゃった。

「わー、やめて! やめて!」

 なっちゃんだった。学校に先に来て部活をしてるかと思ったが、どうやらそうはならなかったらしい。

「なにすんのさー! せっかく撮ってたのに!」

「可愛い女の子いると髪わしゃしたくならない?」

「それとーやくんだけだよっ。て、待って、それ私限定だよね? ね、他の女の子にも髪わしゃしてないよね!?」

 何を必死になってんのかよく分からないけど、そういう芸人みたいなスタンスも変わってなくて安心した。彼女は俺の知ってるなっちゃんである。間違いない。

「なっちゃん部活は」

「いや待って! それより気付く事あるでしょー! 桜だよ桜! あんなに咲かない咲かないって騒いでたのに、どうなってんの!」

 ほんで、あわあわしながら騒ぐなっちゃん。なるほど。この人は残念ながら前の現実の記憶が残存してしまったのか。となると、俺とあきと同様、夢で過去の記憶を見てたのだろうか。その辺り分からんが、まあ大した事は無いだろう。俺の恥ずかしい記憶なら、もう見慣れてるだろうし。

「ね、ねえ、あと日付! 私ゴールデンウィークにとーやくん達とオーシャンアベニュー行ったよね!? そこの変態に胸触られたのとか覚えてんだけど!」

「夢でも見たんだろ。知ってるか? 現実と夢がごちゃごちゃになってる奴はMCH神経がおかしくなってるからだぞ」

「あれ!? なんかその言葉聞いた事あるんだけど!」

「とーや変態だもんね」

「待って、そのくだりの時あきちゃんいたっけ!?」

 俺は未だ部活をサボってわちゃわちゃしてる幼馴染みと一緒にこの後の一限目、合同教室に行って日暮先生の授業を受ける約束を純正の幼馴染みとする。「ん」とだけ相変わらず眠そうな目で頷いて、単位制である奴は一人校舎へと行った。

「な、な、なんなの……私だけおかしい奴扱いされてる……」

「まあいいじゃん。じゃ、おめーも一限ちゃんと合同教室来いよ」

「あ、ちょっと、とーやくん! 待ってよー!」


 吹いてきた旋風は、沢山の花吹雪を作り俺らの背中を、優しく押していた。

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