【終幕】あれは春という鮮やかな


「まったく適ってませんよ。バカなんですか、だーりんは」

 風が吹いて、あの甘ったるい声が鼓膜を鳴らした。

 まだ終わってなかったのか……って、"だーりん"って?

「映画の見過ぎ、もしくは勘違いやろーの行動ですからね。普通、そういうのは、好きな人にするもんですから」

「……え、なんで」

「はぁ。へろう、そこのマセガキ。小六の分際で何をしてくれたんですか」

 青ヶきはるが――ハルちゃんが居た。

 車椅子も無く、白衣を着て、どこかの屋上で、夕暮れの中に、佇んでいた。

 戻った、のか?

「こ、ここは?」

「"夕焼けの街"。時たま迷い込む人達が居る不思議な街――とされています。埼玉のトワイライトタウンってのは、これが元ネタですね」

「……何がなんだかさっぱりなんだが」

「まあ、そういう不思議な場所なんですよ」

 俺が吹き荒ぶ旋風に目を瞑っていると、ずいとハルちゃんが寄ってきて、ある一枚の紙を見せてきた。

 受け取る。

「本来、あの時のわたしは、この絵を見て思い留まる予定だったんです。けど、その絵は誰かさんがしっかり掴んでなかったので飛ばしてしまい、それが出来なかったんですよ」

「は? 本来?」

「でも、結果的に何とかなったので良かったですけど。しかしあれは邪道ですって」

 そして俺はその紙に描かれた絵を見て理解する。あきが描いた五人の子供達の絵。俺と、あきと、なっちゃんと、ハルちゃんと、ベガくんの絵。特徴をしっかり捉え、各人誰だか一目で分かるその絵が、示すモノ。

「まさか、俺だけじゃなくて、あきも戻ってたのか」

 俺は目の前の小学生の見た目をした女に言う。

「ええ。言ったでしょ、助手だって」

 一人納得する……どうりで、やたらと絵が上手かったり、用語の説明が出来たんだな。

 ちょくちょくあった違和感は、ここだったのか。

 じゃあ、このハルちゃんも、本当に、ハルちゃんなのか。

「……ちなみに当の本人は?」

「美容院行ってるそうです」

「あのやろう!」

 マイペースな女である。

「とにもかくにも、これで"実験"は終わりです。それに関しては感謝してますよ。ありがとうございました。結果は現実に反映されるので、しばしお待ちを。では、あでゅります」

「おい待て。なんだ"実験"って、そもそもまだ何も分かって――」

 文句を言ってやろうとした途端、衝撃とともに体がふわっと浮かんだ。意識が飛んでいく感じに近い。が、今度はしっかりと見えていて、音も聞こえていた。瞬間、またも風。吹き飛ばされたあきの描いた絵はどこかに飛ばされて、俺はそれをただ眺めるだけでうおおおお!

「ではでは、今度はちゃんと好きな人と、"初めて"をどうぞー!」

 バカでかい声で手を振る青ヶきはるの姿を、俺は何とも理解しがたい位置から見ていた。

 下から――夕焼けがかった彼女の姿を、離れながら。

 まあ要するに、俺は屋上から。


 突き落とされたのだ。

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