【第三幕】 溶け合っていく

新開発地区というものが関東を中心に増加したのは、俺の生まれた後の事である。

 有名どことして、埼玉県のトワイライトシティ。群馬県のフート奈落。神奈川県のオーシャンアベニュー。そして、東京都のニュータウン51。

 場所によってまちまちだが、建設される施設は新規のものと同時に、既存のものを移転とする場合も多い。

 そのため、この時系列、つまりは小学四年の際に、よく目にした店舗や施設が気付けば向こうに移転してるというパターンは結構ある。

 特に俺の住む星川町は、東京へも車ですぐ着く場所なため、よく足を運んだ店がオーシャンアベニューかニュータウンへ、知らぬ間にどちらかに移転してたなんて事も珍しくない。実際、所属していたサッカークラブは練習場を東京に構えていたが、その周辺も随分と閑散としていった記憶がある。あれは、寂しい瞬間だ。

 その一つの例として、大滝病院というところがある。ここは、俺の夢……というよりも、暗室で出力された映像に出てたあの病院の事で、今はニュータウンの方へ移転した。そのため車で向かうには若干遠くなってしまったが、小学四年の頃は練習帰りに寄れる位置にあったため、時たまこうして車で送ってもらった事があった。

 蘇る、その時の思い出。

「車止めてくるから、二人は先に降りちゃって。あきちゃん、差し入れ気を付けて持ってよー」

 到着した大滝病院、その駐車場に俺とあきは降り立つ。夕焼けに照らされる病院。今はもう無くなってる筈の病院。そう思うと、とてつもなく悲しい場所にいるみたいで、胸が締め付けられる気がした。

「いこ」

 大きめの弁当箱を持ったあきが、入り口へと向かう。見た感じ、周りに人の気配はしない。というか、車に乗っている時も感じたが、人を全く見かけないし、実際車とも一度もすれ違っていなかった。ある種、この世界は次元が歪んでいるのではないか。頭が痛い。

「すみません。305号室の」

 あきがガラス越しに受付けの人に話して、何かをもらった。ああそうか、ここ見舞い者用の名札みたいなの、首からかけるシステムなんだっけ。忘れてた。

「これ、持ってよ」

 半ば強引に持たされた弁当箱。中は軽くて、片手で持てる。もう片方の手で名札みたいなのを首にかけて、階段を上がっていく。やはり人の気配はなくえらく閑散としていた。

「……そうそう、この階段やたら急なんだな」

 なんて独り言を呟きながら前を進むあきを見上げる。聞こえてのか、俺の方へと振り返られる。

「なんか言った?」

「あーいや。ほら、ここから落ちたら、タイムリープしそうだなって」

「四日前に言ってたやつ? 君、うちの階段から落っこちた時の」

「そうそう、それ……え、四日前?」

 言われた後に気付く。確かに現実で四日前にあきの家へ行ったけど、この時系列でもそれは四日前だったのか。

 偶然、だよな?

「それやるなら下に枕敷かなきゃ」

 同じ事言ってきてるけど。

 澄まし口のあきの背中を追って俺も305号室へと向かう。入り口に着くと、赤灯色が白色のドアを院内を彩り、どこか儚い空気を漂わせていた。あきがノックして、小さく返答が聞こえる。

「…………やっぱり」

 そして、見上げた位置にある病室の名札には、手書きでこう書いてあった。

 "あおが"

「入るよ。ハルちゃん」

 開かれたドア。そこには窓際で車椅子に座り外を眺める栗色の髪の少女がいた。

 現実でも夢でも変わらないその見た目。時を超えない少女。何故かノイズばかりが記憶に蓋をする、俺の忘れてしまった車椅子の少女。

 青ヶきはる。

「…………」

 何も言わない青ヶきはるは、ただ外を眺めている。空の様子を確かめるみたいに、何かを探すかのように。そう思えた。

「ハルちゃん、この前はごめんね。その」

「……………はは」

 背中を向けたまま、青ヶきはるは乾いた笑いを漏らす。自分に笑うような、自嘲的な笑いをする。ふとベッドに視線を移せば、夢にもあった難しそうな機械が置いてあるのが目に留まった。パソコンから伸びる何本かのケーブルか

 ……ん? 

「ハル、ちゃん?」

「……ごめんなさい。わたしこそ」

 そう言って、ようやくこちらを向いた青ヶきはるは、俺の知っているあのうるさい小学生の雰囲気とは打って変わって、なんだか、泣き疲れたみたいな顔をしていた。心なしか、やつれているようにも見える。髪の毛もところどころ手入れが行き渡ってないのか、ダメージヘアだ。

「わたしまた、やってしまいましたね……はは。彼の事、引きずり過ぎて、情けないです……」

 絞り出される声。それはあの甘ったるい声ではあるのものの、苦味を含んだような印象の方が強い。掠れて言葉も聞き取りにくい。

「そんな事ないって」

「なあ、あき。彼って?」

「……ん」

 俺が小さく呟くと、あきが目で病室に置かれたもう一つのベッドの方へ合図する。それは何もないベッドだったが、枕元の机には、何かの花が添えてある。誰かが居た痕跡なのか。

 じゃあこれって。

「…………っ」

 そのベッドの枕元まで歩き、俺は確かめる。シワのない純白のベッドには、備えられた花の花びらが一枚落ちていた。おそらく、定期的にこの花を替えているのだろう。そっと落ちている花びらへ手を伸ばし、確信に至る。

 あの夢での車椅子の少女が――青ヶきはるが泣き出した原因は、ここにあったのだ。

 その"彼"は、死んだんだ。

「だからあの時――」


「触らないでください!!」

 

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