【第三幕】 溶け合っていく
◇
どのタイミングかは分からない。けど、確実にどっかで入れ替わった。まるで眠りについて夢を見て、現実から切り離されるあの瞬間のように。
現実と夢が、一緒になるように。
――このMCH神経が夢での記憶を消去してる事が判明した旨が書かれてます。
――要するにこの神経が活動しないと、夢の記憶を現実として捉える危険性があるって話ですね。
「……まさか現実になりかてるのか」
くそっ、と吐き捨てて、俺は適当な服を見繕う。クローゼットの中には何故か昔の服が入っている。大きさも当時の物と同じだった。いつの間にか全部が全部、変化してきている。
投げ捨てたスマートフォンを探す。確か、あれは当時は持ってなかった。買ったのは中学になってからだし、急に使えなくなったのはそのためか。頑張ってベッドや机の下を見渡すが、これも知らぬ間に消えていた。どうなってんだか。とかく母親がまだうるさいので、俺は急いで部屋を出た。
すると。
「……これって」
玄関に向かう際に通るキッチン。そこに野菜の切り残しと、千切れてたサランラップ、そしてパンのくずが散らばってた。
テーブルを見る。いつも家族で囲むその食卓には、食パンの袋とハムの包み紙があった。まるでさっきまでここで何かを作っていた状態だった。
例えばそう、サンドウィッチとか。
軽い動悸を抑え、俺は玄関先で靴を履きにかかる。するとそこに、昔使ってたスパイクシューズが転がってた。靴箱の上には、ジュニア選手権で大会ベスト16に入った記念の粗品らしきボールペンが箱に入ったままある。さらにその隣には、背番号4のゼッケンがハンガーに吊るされていた。
本当に、昔に来たんだ。
ノスタルジックな気分に目眩を覚えつつ、俺は玄関を開けて車の止めてある駐車場へ向かった。母親が後部座席のドアを開け、家の鍵を閉めに行く。
うわ、同じ車の筈なのに、やたらと広く感じる。
俺の体も小さくなったから、なのか?
席に座る。
「遅かったね。なにしてたの」
前の助手席から、聞き馴染みのある声が聞こえて、顔を上げる。
バックミラー越しにそいつを見る。肩口に揃えられた髪と眠たそうな双眸がと目が合う。
「なに? 鏡に越しに見てきてさ」
あきだった。
うちの車に乗って、何やら手に弁当箱のような物を抱えた、ここでは小学四年生の幼馴染み。
「あー、いや…………あきは美人だから夕焼けが似合うなって」
なんだか妙に懐かしくなって、いつものノリで軽口を言ってしまう。昔の俺もこんな感じだっただろうか。正直あんま覚えてない。
まあ「なっちゃんに言えよ」とか返されるのがオチなんだろうけど。
「うれしくないよ」
相変わらずだった。
「じゃあ行こうかしら。二人ともシートベルトしてよー。捕まると面倒くさいからね」
母親が運転席に乗ってエンジンがかかる。カーステレオに表示された文字は16:32と三月七日。
全く何が起こってるのか理解できぬまま、俺は流されるままお見舞いとやらに向かう。誰のお見舞いなのかも知らぬまま――というのは若干嘘で、気付き始めたその相手に、会いに行くために。
思い出すために。
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