【第三幕】 溶け合っていく

頭が重い。

 脳が正常に働かない。まるで、熱がある時みたいな感覚であった。

 しかし体調が悪い、という訳ではない。

「……36.2度、やっぱ大丈夫かぁ」

 懐から出した体温計を机に放って、再びベッドに横たわる。

 この状態が、もう四日も続いていた。あの変な暗室での出来事があってから、俺はこの脳の倦怠感のようなものに悩まされている。当然、青ヶ氏のところにと行けてない。外にすら出てない。

 そして、なんといっても。

「また同じ夢になってたな」

 過去夢のリフレインが酷かった。

 とにかく、同じ場面ばかり夢に見るのだ。前みたいに、過去のどこか一部という訳ではなく、全く同じところから、全く同じところまで。

 決まって、あの場面なのだ。

 痛むこめかみにため息を吐いて、部屋のテレビを点ける。やっているのはアニメの特番と、くだらないバラエティ番組。適当にチャンネルを回してもどこも同じような感じだった。

「あーっと、またも画伯が誕生した! サオリさん、その絵なんですか! お題の"お花見"はどこいったんですか!」

 その中で、アニメ声優であろう女性達が、お絵かきバトルなどと言う企画で絵の上手さを競っているシーンが目に留まる。割と有名な人達らしいけど、俺の興味はそこではなく、書いていた絵に自然と向かっていた。今話題の桜――基い、お花見がお題だったらしいが、映し出されたその絵は、とても上手いとは言えるものではない。

 

 ――や、やめてください……見せつけないで……こんなの

「…………」

 思い出してしまう、夢の中の言葉。

 俺の描いたあの絵が、あきの絵を真似しただけのあの下手な絵を見て、彼女は何故涙を流したのだろう。それを考えると、また頭が痛くなる。ピリピリとこめかみ辺りがまた疼く。体を起こして、テレビを消そうとリモコンを取る。

 その時。

「え?」

 テレビの映像が止まった。当然チャンネルを変えても、反応はない。全部のチャンネルが、止まったままの画になっていた。

 壊れたのだろうか。にしては、なんか変だ。尽かさずスマホを取り出してネットに繋げてみる。

 が。

「インターネットなし? そんな」

 画面左上のアンテナのアイコンにはバツ印が付き、ブラウザは読み込みマークままになる。当然他のアプリもネット通信されてない旨のメッセージが出ている。

 通信障害……というヤツだろうか。

 いや、テレビまでダメになるという事は停電か。いずれにしても気持ち悪い。なんせあれ程電波云々言われていたのだから、変な汗が出る。

 締め切っていた雨戸を開けて、外の様子を確かめる。えらくしんとした町の中、見えたのは少しばかりの違和感。なんだか見覚えのないような――けどどこかで見たような風景がある。あの公園も、バスの車庫も、団地に沿った帷子川だって、変わってない筈だ。けど、どこか妙に……。

 そして、なによりも。

「なんで、夕焼けなんだ」

 空が赤かった。

 遠くに宵闇を携え、羊の形の雲は赤灯色を帯び、淡い夕陽の光が町を照らしている。

 おかしい。

 まだ昼にもなってない筈なのに。

「冬也ー、なに寝てるの? 開けるわよ」

 ノックもなしに、母親が俺の部屋のドアを開けた。よそ行きの外套を着て、手には車のキーを持ちながら。

 あれ……なんか雰囲気が。

「なによ窓開けて。お見舞い、行くんでしょ。早く準備しなさいよ」

「……は?」

 意味が分からなかった。

 お見舞い? 俺にそんな予定はないし、そんな相手もいない筈だが……。 どうなってるんだ。

「ほら、あきちゃん待ってんだからさっさとなさいな。先、車乗ってるわよ」

「ちょっ、待ってくれ母さ――」

 言うより先、母親がぶつくさ言って玄関へ向かう。

 なんだ? 話についていけない。あきが待ってるって? んなの、それこそ昔じゃない限り今更連れ立ってどっか行くなんて――

「もしかして」

 俺は自分の姿をテレビの消した画面で確認する。暗い画面の中、そこに写っていたのは、紛れもなく俺である。

 である、のだが。

「…………」

 今の面影を残したままの、俺だった。

 要するに、今現在の俺は。

 夢の中の、小学四年の俺だった。

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