【第二幕】 太陽が目指した遥か
自分の住む家と十メートルも離れてない位置にある同じ苗字の女の子の家は、うちの一軒家に比べて幾分ボロい。
聞けば、築五十年らしい。塗装の剥げた玄関の鍵を開け、俺は久方ぶりどころか何年か振りかの幼馴染みの家に入った。
「お邪魔する」
「お好きにー」
なんとも緊張感の無い返事とともに、渡されたスリッパを履いて、廊下を抜ける。あきの部屋は二階なので、お手洗いのすぐ隣の階段を登っていく。小さい頃何度か遊びに来た事があるが、こうして改めてみると、なかなか日本家屋の良い味わいがある家である。独特の木の匂いも、未だ健在だ。
「懐かしいな。一回ここから転げ落ちた記憶がある」
「あったね」
「タイムリープごっこ、またやろうぜ」
「それやるなら下に枕敷かなきゃ」
なんて、昔好きだった小説の話をしながらあきの部屋に到着する。こじんまりとした、小さな部屋。昔より物が少なくなった気がする。装飾らしい装飾は無く、飾り気のない勉強机とベッド、そして本棚があるだけ。
「この部屋、お前の匂いがする」
「前も言われた気する」
「それで肝心の絵は?」
「無いよそんなの」
え、と思わず振り返る。するとなんか俺の方に腕乗せてきた。
「というのは嘘。ドアの裏に貼ってあるよ」
「……びっくりしたわ。ついに幼馴染みに誘われたのかと」
「お年頃だね。次の機会に期待して」
「それも嘘だろ?」
「あたしさ、好きな人にしか嘘吐かないよ」
よく分からん。
「ほら、この絵。帷子川の」
閉めたドアにぽつりと貼られた画用紙。指差されたそこに広がる鮮やかな春の光景。
それは、俺が先ほど過去映像で見た――お手本にして描こうとしてた絵。
春の日差しが眩い中に、河川敷沿いにある桜の木を見上げる、少女の絵。
――車椅子の少女の。
「……これが、嫌でも目立ってたって意味か」
そして理解する。その描かれた少女が、小さく微笑み、長い栗色の髪をしていた事に。
俺の見知った、顔をしている事に。
「この絵ね、最初その人にあげたの」
あきが俺の肩に腕を乗せたまま、こちらにずいと眠そうな顔を近づける。
「けど、何故か戻ってきたみたい。確かうちの郵便ポストに入ってたってお母さん言ってた」
「それって」
「あるタイミングで、返しに来たんだよ。きっと」
考える。
あるタイミング、か。
つまりそれって、この車椅子の少女の記憶が抜け落ちたタイミングって話……なのか。
あきは続ける。
「こっちで見た感じ、さっきの過去映像の中で、この子の名前言う時だけノイズが入ってたよね。この前の映像もそう、車椅子の子に関しては絶対にノイズが割り込むの。これ、どういう事か分かる?」
「そんなん言われても。単に忘れてるだけだと」
「それもあるんだけど、根底の部分は違う……あの子ね、自分でそうしちゃったんだよ。わざと」
「え」
思い出してみる。言われてみれば、まるで意図したかのようにことごとく車椅子の少女だけ上手く出力されなかった。陰っていたり、音声が途切れたり、名前にノイズが入ったり。
それってつまり。
「あるタイミングで、忘れてもらうようにあの人は仕向けた、って事だよ」
「じゃあ"特定の電波"って」
「うん。あの人がそれを使ってあたしらの記憶を消したんだよ」
全身の力が抜けるようだった。
なんでそんな事を――そこまでしなきゃいけないんだ。
なんでそんな事したのに、また思い出そうとさせるんだ。
あいつは。
あの小学生は。
――ハルちゃんは。
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