【第二幕】 太陽が目指した遥か
「……えー、今このスタジアムのビジョンにはですね、サンフランシスコ郊外にあります、昨夜亡くなったハリウッド俳優のイオリーウッドさんのご自宅が映し出されております。彼が二十歳くらいから同病で休業してから療養しておりました、この非常に豪奢な敷地内には、まあ、IT企業社長の息子らしいと言いますか、それ用の研究施設であろう建物もいくつか伺えます。彼を蝕んだカーシス病といいますと、我々スポーツの世界に於いては二年前になりますけども、カルフォルニアのイエローワンダーズに所属するジミーという選手がですね、試合中に突如ウッドさんと同じこのカーシス病で亡くなるという事がありました。まあ、最終的は症状としては、脳神経の一部が焼けたような状態になるらしいため、かなりの強烈な痛みが襲うそうでして、我々、ジミー選手が倒れたその試合の中継を担当しておりましたが、酷く辛そうにされていたのを、今でも鮮明に記憶しております――」
「……気温ですが、中には30度を越えるところもあり、今年はこの季節には珍しく非常に暑い日が続く見込みです。さて、そんな中、全国各地では早くも暑さ対策が講じられていますが、今映像で流れている、群馬県フート奈落の"鉄塔渡り"という催しは、一風変わった暑さ対策です。なんでもこの"鉄塔渡り"、その名の通り、奈落山から伸びる鉄塔を――」
「はーい皆さんこんにちはー! お花畑系ユーチューバー、とーわー子です! さてさてー、ワタシは今、東京ニュータウン51に来ていまーす! 見て見てニュータウンタワー目の前なんだけど、うひょーデカくてドン引きおじさんでーすーよ! 何メートル? ねえ、メルカトルおじさん何メートルあんのこれ? やーん、わかんなぁい! はいっ、という訳でー、今日はですねー、ここユカリ広場で開催されるお花見選手権にやって来たんですけどぉ……やっぱ桜全然咲いてねー。人もぜんぜーんいねー。ワタシが来た意味とは……ん? あれ、この木見てください。枝のとこ……なんか膨張してません? ちょっとこれは近くから見てみましょうか。間近だと木自体はすごいんですけどねー。よいっしょっと……あ、この木なんか暖かいよ? えへへー気持ちいいー、ってうわ、あっつ!? なにこれなにこれ!」
編集されているのか、次々と流れる映像が切り替わっていくのを、ただ眺める。
どれも最近巷で騒がれてるニュースばかりだ。今朝方アメリカの俳優が亡くなったとされるカーシス病、高い気温、そして咲かない桜。
この事象が示すのは一体。
「待て。今の」
俺は気付く。
今の中継に映っていた場所に、共通点があったのだ。
――塔。
あの、馬鹿でかい電波塔。
今の全ての映像に、同じくらいのものがはっきりとあったのだ。
「なになに、とーやくんどうしたの?」
「塔があったんだよ。電波塔。全部の映像に映ってる」
「電波塔?」
首を傾げるなっちゃんに、俺はここに来る前にもあった旨を説明する。絶対見えた筈だ、あれだけの大きさなんだから。
そうだ。それは俺が夢でも見た、過去の記憶でも中にあったものでもある。
「あれは、基地局という言い方をします。さすがに聞いた事あるでしょ? 我々が普段使っているスマートフォンや、インフラサービス――つまりあなた達の学校で使ってた生徒様のタブレットや、その便利な入館証も全てそこを経由して繋がっています。今や家に居ながら仕事が出来ると言われてるくらいですから、それがどのくらいの"強さ"かお分かりでしょう」
「何が言いたいんだ」
「干渉してるんですよ。ここから出ている電波が、我々の身体と地球に」
言われて背筋がぞくりとする。電波が干渉? いやそんなの、さっきの映像と特段直接的に関わり合ってるとは考えにくいが……
「あきちゃん。だーりん達にお出したお茶があると思います。あれの調理方法は?」
いきなり話を振られたあき。お茶を出してきた部屋を一瞥し、淡々と返答した。
「電子レンジで簡単調理」
「そういう事ですよ。つまり、レンジよろしく電波ってのは、そもそも熱作用があるんです。それが色んな物を動かすために"強く"なったら、我々はどうなります? 今まで蓄積されてきた電波含めて」
もうほどほど、言いたい事の察しがつく。あれだ。俺は生まれてから、あの大きい電波塔は知っている――昔からこの地域にあったのだ。だから、その周辺に居た人間に何らかの電波の被害が起きてもおかしくない。
例えばそう――過去の一部分だけ記憶が抜けてしまったりとか。
例えばそう――
体が全く成長しなかったりとか。
「とある海外の大学が、電波が及ぼす人体の影響について調査を行ったところ、面白い結果が出ました。なんと、我々の生活に使用されている電波を実験用マウスに一ヶ月浴びせ続けたところ、93パーセントの確率でマウスになんらかの機能障害が出たそうです。症状の重さは様々ですが、一番多いのが脳に関するものだったそうです。次に身体系、筋肉系です。これ、他人事じゃ済みませんよ」
青ヶ氏は落ち着いた口調で手元にタブレット端末を見せてくる。英語で書かれた論文のようなそれには、自筆の翻訳が入れてあった。
「まあ結構データとしては怪しいところもあって、これをエビデンス――証拠の事ですね――として扱うのは厳しいんですけどね。でも確実に言えるのは、あの基地局から出ている"特定の電波"はヤバイって事ですよ。実際脳神経が焼かれる病気になったり、地球自体の気温も地球温暖化とは別に高くなったり、桜の木がこの時期になってもどこも咲かなくなってしまったのも、基地局の影響が出ているんです。熱作用というキーワードとともにね」
「じゃあ、あの基地局のせいで、俺らは……」
「なーに、それに関しては忘れたらまた思い出せばいいだけですよ」
白衣の裾を大きく揺らして、青ヶ氏は笑う。まるでこの事態を楽しむかのように、幼過ぎる無邪気な笑顔を掲げて。
この話が真実だとしたなら、世間はもっと大騒ぎだろう。けど、そうじゃないのは、やはりまだ情報が足りないのか、そもそも誤っているからだ。現実的じゃない。あり得ない……でも、異常が既に起きている俺にとっては、無碍に出来る内容じゃないのもまた事実だ。
さすがに今からその"特定の電波"とやらとは戦えない。やれるのは、精々悪化しないようにするだけ。まずそれだけだろう。
「ならせんせーよ。その"思い出す"ってのをやろうぜ。それをするために皆をここに呼んだだろ」
二人の幼馴染みに目をやって、俺は覚悟を決める。食堂で言ってた"強制的に思い出す"方法ってのは、ここでしか出来ない事なんだ。また恥ずかしい過去が出力されるのかは知らんが、でも思い出してみよう――いや、思い出したいから、やってみよう。
俺の言葉を聞いて、青ヶ氏は併設している暗室らしき小さな部屋に向かい、何かのスイッチを入れた。無機質な機械が唸る音が鳴って、暗室に薄らと光が溢れる。
あの部屋に、その装置があるって事か。
「いいでしょう。では、あなた達に溜まったその"特定の電波"を、存分に使わせてもらいます。あきちゃん、Vサーバー上でだーりんのデータとなっちゃんのデータをマージしてマスターに読み込ませてください。コマンドのパターンはA→C→I→Dでお願いします」
「りょうかい」
「だーりんとなっちゃんは先にこちらの部屋にどうぞ。入ったらライトが光るので、目を開けたまま動かないように」
その言葉に導かれるように、案内された暗室へと向かっていく。なっちゃんは依然「私も行くの?」などと状況が分かってなさそうだったが、俺が先に暗室に入ると後ろに付いてきた。真っ暗な部屋だ。部屋が狭いのも分からないレベル。
さあ、ここでどう思い出させるのか。
「では、あきちゃん。完全版"バニッシュ"に例のコマンドを打ち込んで、実行を掛けてください」
「…………」
「ん、どうしました?」
「……ねえ、これなんかあたしのデータも入って――」
「やべー手が滑ってエンターキー押しちゃったぞ」
「あ」
あきがなんかを言おうとした瞬間、ドアが閉められ本格的真っ暗になった。そしてすぐに暗室の天井から沢山の赤い光が現れ、上下左右に移動して俺を包む。雰囲気、スキャンでもされてるのだろうか……なんて考えてると、目の高さに淡い赤色の光が現れ視界を覆った。ふと、頭がぐらりと揺れ動くのを感じながら、気付くともう意識がどこか遠くなり、軽い浮遊感を覚えながら、俺の意識は消えて――
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