【第二幕】 太陽が目指した遥か

研究室ってのを実際に見てみると、そこは自分のイメージしてるのとは違った。なんとなくだが、沢山の機械と難しそうな書類の山があって散らかってるイメージであったのだが、意外と片付いていたのである。

「なんか期待してたのと違うな。物が全然ない」

「ねー。私、蛙のホルマリン漬けとかあると思ってた」

「それは理科室やで」

 長椅子に腰掛けてキョロキョロ見渡す俺ら二人に、そっとお茶が差し出される。反射的に顔を上げるとそこには白衣を着た青ヶ氏……ではなく、お手伝いの人であろう人が……

「……へ?」

 いた。

 見知った顔の。

「どうぞ、電子レンジで簡単調理、すご〜い粗茶です」

「自分からすごい粗茶って言うヤツ初めて見たわ。てか、お前何してんだよ」

 あきだった。

 俺の純正幼馴染みで、同級生。

 ……もしかしてこいつが昨日行ってた"バイト"って。

「半月前からここで働かせて貰ってるの。時給950円。業務内容研究助手。交通費支給。残業あり」

「いやそこはどうでもいいわ。俺初耳なんだけど。なっちゃん知ってた?」

 手渡されたお茶にあっちいあっちいとかやってる面白い方の幼馴染みに視線を向けると、「え、私も初耳」と首を横に振られた。お前ら親友じゃねえのかよ。その疑問に答えるように、部屋の奥から正装姿の青ヶ氏の声が聞こえた。

「実はずっとフリーランス故、全部一人で頑張ってたんですが、いかんせん新拠点となってくると色々大変で、交流のあった日暮先生に頼んで、授業内に一時的な"助手のバイト"を募集してもらったんです。そしたら彼女が来てくれました。ただこの学校セキュリティ監査が厳しいので、他言無用が条件でしてね」

「そういう事。別に二人に隠してた訳じゃなく、業務上仕方なくだよ」

 冷たく言うと、染めたての茶髪を揺らしてあきが自分用のお茶を啜る。うむ、他言無用とは言え全然気付かなかったな。半月前からって事は入学してすぐに青ヶ氏と面識があったって事になるけど、昨日の授業の時も青ヶ氏の事知ってるふうな素振り全然


 ――あの人ぶっ飛んでるからね、昔から


 って、帰り道でそういやこんな事言ってたな。でも"昔から"ってのは……。

 俺が一人唸って考えていると、何やら準備が出来たのか、青ヶ氏が俺らを別の部屋に呼ぶ。早速その部屋に入って行くと、視界が真っ暗で思わず身構えた。なんだここは。僅かな機械の電灯を頼りに足を進める。

「さてさて、そんじゃ昨日の続きと行きますか。あ、なっちゃんの場合は"さっき"の続きになりますかね」

「さっき?」

 隣にいるなっちゃんの方向を見ると、プイと目を逸らされた。

 ビンタしてやった。

「いった! なんでなんで!?」

「やっぱ他の男と紆余曲折あったのか」

「ないから! 本当! っていうかなんで私そんなに信用ないの!?」

 わーわーされてやり返したくなったが、いつの間にか後ろに居たあき様が「へっ」みたいな顔で見てるのでそれ以上やめといた。「もうイチャコラするのは病気だね」おいてめえ。

「いやあ、実はなっちゃんには、先ほどお会いした時に、ある実験に付き合ってもらったんですよ。で、すごいのが出ちゃって……」

「よっしゃはるちゃん詳しく」

「なに急に乗り気なってんだし! わ、ちょっ、先生やめてやめて! ここでさっきの言われると私がなんか――」

 その時、急に目の前にあったモニターらしき機械の電源が点いた。あきがスイッチを入れたらしい。暗闇の中に灯るその画面に無意識に目を持ってかれる。

「ま、さっきのなっちゃんの映像を見てみましょうか。安心して下さい。わたしデータを採取したら、がむしゃらに共有フォルダへぶち込むようにしてるんで、すぐに見る事が出来ます。これぞ青ヶきはるのIT革命」

「いやなんで見せるの!? そっちの方が寧ろ地獄」

 続きを言うよりも先、青ヶ氏が手元にあったPCを操作して、エンターキーを叩く軽快な音が鳴った。なるほど、なっちゃんは先ほど昨日の俺みたいな事に付き合わされていたのか。へえ、どんな映像が出たか楽しみ楽しみ。

 と、余裕ぶってたところであった。


 ――……あ、試合終わ……

 ――本当だ。結局2-0? DF二人のゴールで勝つって、変な感じ


 二人の声が聞こえた。片方は上手く聞き取れないが、どちらも女の子のようだ。ぼやけた映像の中は、おそらく外であろう――茜色に染まった空の下に、複数の子供たちがおり、そこに乾いたホイッスルの音が鳴っている。


 ――お、なっちゃんだ。いえーい、やったね、とーや達勝ったね


 そこにこちらに気付いて手を振る片方の女の子。場面的にはこちらから話掛けに行ったという感じだろうか。


 ――あきちゃんあきちゃん! やばかった! やっぱ良いね、とーやくん素敵だよー


「い!!」

 主点がやたらに飛び跳ねたと同時、隣の人が映像の女の子とあまり変わらない声で奇声をあげた。頭抱えて悶えて蹲み込んでる。うん、どう見ても映像の主点なつきさんですね。で、今手振ってたのがあきだな。

「つまり、この映像は試合見に来た時の過去、その映像って訳だ」

「……なに冷静に分析してんだ……ああ、汗がやばい」

「ついでにあたしの可愛さもやばいね」

 呑気な事言ってるもう一人はいいとして、考えるにこれが俺が学校に到着する前になっちゃんと青ヶ氏が会ってやってた実験ってヤツのようだ。脳情報の出力、夢の映像化。となると、なっちゃんも過去の夢を見たって事になるのだろうか?

 青ヶ氏がこちらを見る。

「実験といっても、別段難しい事をした訳じゃないです。やった事は単に、過去の映像を見た時その日の夢に反映されるか、というのを検証しただけです。ほら、ドラマとか映画を見たその日の夢とかって、何故かその世界観に自分が出てたりするしょ? あれに近いです」

「ほう。そんで、見事過去夢を見たと」

「完全な過去夢とは言えませんけどね。部分部分にノイズが走っているのは普通に夢を見てるせいだと思います……もしくは、"思い出せない"か」

 納得する。だから、俺が青ヶ氏に呼ばれてなっちゃんと学校で会った時、やたらとテンパったり、急に積極的な感じになったのかを。あれは、過去夢の映像を見せつけられた後で、本人ご登場により思うところがあったと。

 あら、可愛いじゃん。

「おい、なにニヤニヤしてんだっ」

「ディス・ラブ・ハズ・テイクン・イッツ・トール・オン・ミー(マルーン5の歌だよ)」

「……あれ、私ばかにされてる?」

 そんななっちゃんにお構いなしで、映像は進んでいった。ちょうど試合が終わって、主人公の誰かさんは、更にそわそわして何か待ってる様子だ。


 ――なっちゃん落ち着け。やつはミーティング終わったら来るから、もう少し待ってなさい。

 ――え、え、超落ち着いてるしっ

 ――むっちゃキョロキョロしてるからね。あ、まさか今日告るつもり?


 瞬間、画面が乱れる。


 ――え! なっちゃ…………するんですか? なら……教えてあげ……


 またももう一人の女の子の声が飛び飛びになる。視線もその女の子だけ影がかかって映像にノイズがある。やはりそう簡単に全部映る訳じゃないのか。だがどうだろう。どこかで、俺はこの女の子を……


 ――しないから! まだ、その、じゅ、準備が!

 ――じゃあいつすんの?

 ――え、そ、それは……

 ――期限決めないと、あたしが告っちゃうよ

 ――な、な、夏休みまで!!

 ――おー言質言質。絶対だかんね


 ふと、後ろのあきを見やると、別の機械を弄り出して話しかけにくい雰囲気であった。仕事してるって事か?


 ――うう、誘導された

 ――おー、夏休みに………か? なら……の日はどうでしょう? …………り、可愛い浴衣と普段とは違う髪型…………して……

 ――……効果あるかなぁ。私、髪型変えても、今長くないし

 ――100パー似合い……だから、ぜひ……

 ――うーん、そこまで言うならやってみようかな

 ――頑張ってくだ……。恋は短し、戦え乙女です

 ――なんだっけそれ?

 ――……の、恋のおまじないです


 そこで映像がまた飛び、今度は試合を終えた子供たちが散り散りになってコートを片付けている場面になる。夕焼けを浴びて忙しなく動く人混みの中に、一人の選手と背の高いもう一人がこちらに向かってくるのが見えた。

 選手のゼッケンは4と5だった。

 

 ――勝ったな、皆。応援グラシアス。ほれ、なーつき。冬也連れてきたぞ

 ――……うっす


「うっすじゃねえぞこのガキ」

 思わずツッコミが出た。俺である。目合わせないとことか小学生っぽいけど痒いわこれ。もちろん隣はやっぱりゆうきさんだな。

 ……ん、あれ、この光景見た気が。


 ――なーに照れてんのかね、この男は。挨拶くらいしたらどうだ"とーやくん"

 ――だってまだ、片付けあるし

 ――うるせえ。そんなの他のに任せとけ。それよか、ちゃんと差し入れのお礼言ってやったらどうだ。将来の嫁にちゃんとな

 ――ちょっと兄ちゃん変な事言うなー!!!

 ――ほーれなつこちゃん。良い子ですねー

 ――あーもー! 髪触るのやめろー! あきちゃん! ……ちゃん! 助けて!」


 必死に抵抗する姿がモニターの上で激しく動く。ゆうきさんに髪わしゃされてるのだ。そっか。この絵面、今朝送られてきた動画の内容だ。ちょうどあの、あきの友達の子が映っていたもの――

 あきの、友達?

 いや待て、あの靄がかかったあの子の感じ、俺、どこかで。

 頭を掻いて唸ってると、少しノイズが減り映像が安定した。尽かさず覗き込む。あの子が辛うじてモニタの端に映ってる。が、目で追うと途端に影が入り込んでしまう。くそ、どうやっても見れないのか。この子は俺の知り合いでも同級生でもないんだ。それは分かるんだ。分かるのに、どうして。

「あ」

 そこで一瞬きらりと光ったもの。ずっと角で見えなくなっていたが、夕陽の角度で眩しく反射してたもの。それが映った。あの子は見えないけど、それが見えて俺は鳥肌が立つのが分かった。


 車椅子だった。


 少し離れたところに置かれた、銀色の車椅子。

 

 つまり、彼女は――例の車椅子の少女なのか。

 夢で見た、ゆうきさんとの話で出てきた車椅子の少女。

 繋がってきた。

 さっきの女の子同時の会話もそうだ。"夏休み"、"浴衣"、"普段とは違う髪型"ってのは、あの夜祭り――俺に告白しようした時に繋がる単語だ。要はここでアドバイスを受けたのをそのまま当日実行したんだ。だから祭りの日、わざわざ浴衣を着たり、髪型が違ったのか。

 それに、なっちゃんが思い出した様子の、あの言葉――恋は短し、戦え乙女。

 だからだ。だから、なっちゃんは急に部活をサボるだなんて言い出したんだ。

 ここに来るために。

 俺も、なっちゃんも、知ってるんだ、あの――車椅子の少女を。

 なのに、なんで――


 ――あのさ、なっちゃん


 終わったと思った映像。夕焼けの中で俺の声だけが、最後静かに聞こえてきた。

 

 ――差し入れのサンドウィッチ、あれ美味かった………………また作って


 ……やめてください過去の俺。

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