【第二幕】 太陽が目指した遥か

「ここも桜咲いてないね」

 異様に高い位置の運転席の隣、助手席のなっちゃんが信号待ちの時に外を指差して振り返る。

 彼女の示すその方向を見れば、だだっ広い広場の中央、本来なら鮮やかな花弁が咲き乱れるだろう木々は、蕾すら付いていなかった。

 看板のチェリーストリートパークの文字が、なんだか寂しい。

「多いよな。桜がなかなか咲かないってニュース」

「うん。去年もそうだったよね。夏は夏でめっちゃ暑くなったし。どうしたんだろうね地球さん」

 言いながら、俺は周りの景色を見渡す。 

 ここは轍の台から十数キロ離れた場所。普段はあまり訪れないベイサイド区の最果て、海を越えた先にある小さな町、オーシャンアベニュー。海辺の轍の台海浜公園の第二通りから海底トンネルを車で抜けた場所に位置している、独特のアメリカンな外観が特徴のこの四月に完成した観光スポットだ。

 入学前に様子見はした事あったが、やはり改めて来るとすごい。現在は駅は工事中のため車が主なアクセス手段だけに、電車の開通が待ち遠しい。

 だがしかし、何故、青ヶ氏はここに俺らを連れて来たのだろうか。俺は運転席に問い掛ける。

「なぁ、はるちゃん。ここに研究室ってのがあんのか? そんな施設聞いた事ねぇけど」

「…………」

「?」

 何も言わず、ジッと前を見ている青ヶ氏。やがて縦型信号が青になってもアクセルを踏む様子がなく、後ろの車にクラクションを鳴らされ、ようやく動く。

「おい、どうした」

「あ、あ、ごめんなさい。ついつい、考え事を。あは、は……」

 最後は力無く息を漏らすと、そのまま大きなスーパーマーケットの横を抜けて行く。昨日とは幾分違う様子に俺もなっちゃんも目を合わせて首を傾げる。いきなり変な奴だな。

 こじんまりとした教会の角を曲がった先、やたらに背が高い電波塔がある学校らしき敷地内へと車が通る。どこだここ。確かにこの馬鹿でかい電波塔は駅からも見えるけど、初めて……

 あれ? でかい電波塔……。

「わー! すっごい。めっちゃ豪華!  先生、ここホーリーズスクールだよね? 来年開校の」

「……ホーリーズスクール?」

 なっちゃんが振り向く。

「ほらあれだよとーやくん。サンフランシスコかなんかのすごい会社が作った超最先端な学校。この前テレビで特集やってたじゃん」

「あー」

 新設されるその最先端学園は、面積がおおよそうちの学校の比にならないくらい大きく、設備も派手。校舎は何棟かに分かれており、広めのグラウンドにはアメフトのコートとバスケコートやサッカーゴールを合わせたようなスペースがある。建物は全体的にアメリカのハイスクールを彷彿とさせるデザインがなされている。窓ガラス越しに見える教室には、黒板や机は無く、中央の台を囲むようにゴーグルみたいな装置と手持ち出来るセンサーが複数天井から垂れている。そういや海外のVRを利用した教育現場ってこんな感じだった気がする。

 いやぁ、うちの高校も県立では頑張ってるほうだが、さすがにあそこまでやられると訳が分からないな。学校なのかこれ。

 校門にある巨大ロブスターの校章らしき独特のロゴを見ながらゲートの前に止まると、何やらセンサーが反応して閉まっていたシャッターが上がった。まるで高速道路のETCみたいだ。

「も、もしかして先生の研究室ってここなの? って事はホーリーズの教員……?」

「え? あぁ、一応そうなりますよ。わたし教員免許とか持ってないんですけど、研究以外の雇い先を色々探してたら、ご縁がありましてね。来年から正式に一員になりますけど、設備が良いんですぐにここを拠点にしたいって言ったら、なんなくOKが出ましてね」

「おー。なんてアメリカン」

 わけわからんリアクションをする助手席のヤツは置いとくにしても、やはり日本とは違ってあんまり細々してないって事なんだろう。そういうのが、柔軟性のある教育現場を作ってるのか。

 地下に続く立体駐車場らしき場所に車は侵入し、エンジンが止まった。合図されて車を降りると、駐車された車は自動でリフトで持ち上げられ、専用の場所へと運ばれていく。ここら辺はマンションの立体駐車場をイメージさせるな。さて、と青ヶ氏が荷物を持って出口へと案内する。

「にしても、いいのか? 開校前なのに俺らみたいな第三者連れてきて」

「関係者枠つーこって、問題ありません。それにここ、学内設備のためとか言って、既にバイト要員を募集してるんですよ? 今更第三者漏洩とか気にしても」

「へえ……俺もバイトしよっかな」

 なんて言ってると、開けた廊下が窺えるガラス自動ドアの前、腕時計のようなデバイスを青ヶ氏から渡された。

 黒でスタイリッシュな感じ。カッコいい。

「先生なにこれ? ってうわ!」

 なっちゃんが手首に装着しようとしたところ、なんと勝手に腕時計の方から手首に巻き付いて、長さ調整した。すごい。俺も早速試す。

「おー、近未来過ぎて私ついていけない。先生どういう仕組み?」

「わても分からん」

 お前誰だよ。

「まあまあ。これはただの入館証なのでご安心を。見てください。ディスプレイのところにちゃんと"一般許可証"って書いてあるでしょ」

「本当だ。あ、タップすると地図とか音声メモとかも出てきたぞ」

「待ってどこタップすんの? あ、これか。わ、解除されちゃった……お、お、戻った……!」

 楽しそうな横のヤツはまあいいとして、この腕時計型入館証を装着すると自動ドアが開き、中へと入れる仕組みらしい。青ヶ氏の説明によれば、これは後々、生徒に於ける学生証にもなるとの事。侵入禁止エリアへの警告や、授業の出欠、生徒の健康管理等も出来るというのだから驚きだ。つまりヒトのインターネット化、IoHってヤツを教育現場で取り入れてるのだ。さすが米国(結構前から導入済みの技術らしいけど)すごい。

「ちなみにこれ、学生証を認証し合えば、認証した相手の心拍数とかも見れますよ。つまり、好きな人に自分が接近した時、心拍数という名のラブメーターが上昇すれば脈あり! って遊び方も可能です」

「おい変な使い方教えんな。早速認証飛ばしてきたヤツいるから」

 さっきまでわたわたしてたのに、こういう機能見つけんのは早いなっちゃん。何気ない顔で使いこなすな。とりあえず"拒否"しとく。

「うう、フラれた……」

「入館証で何やってんのお前」

「先生これいくら。私買うから売って」

「なんか必死ですね……さすがに一般販売はしてないですよ。というか、そんなの別にだーりんにスマートウォッチとか買わせれば良いだけでは?」

 その手があったかみたいな顔するなっちゃん。なんだよお前。俺の心拍数見てどうすんだよ。それよりなっちゃんの心拍数見れる方が絶対面白いからな。いらねーから俺の心拍数表示。

「仮に付き合ったとしても着けねーからな」

「その時は直接計測しに行くもんね。ほら早く告れよっ」

 理不尽な肩パンを食らわされながら、施設内へを進んでく俺ら。外観通り中の雰囲気も別世界。アメリカンというよりは会社のお洒落なオフィスを見てるといったイメージ。デジタル機器がいたるところにあり、総轍のような、廊下や机が並んでる教室といった学校感を感じさせるものが少ないのだ。国内の大学でもここまで整備が整ってるのは見られないかもしれない。

 エレベーターホールらしきスペースに着くと入館証が反応し、一番手前の乗り口が自動で開く。中はかなりの大きさで、腰掛けまで付いている。まるで豪華なホテルみたいだ。

「あれ、このエレベーター、ボタンがないけど……」

「本当だ。一応階数を示す表示はあるけど。なぁ、どうやって使うんだ?」

 と、扉が閉まり下降が始まった。見れば、入館証の方で行き先を選択出来るらしく、青ヶ氏が手首のそれをぽちぽち操作していた。そうか。これならエレベーターが混んだ時、行き先のボタンが押せないって事が無くなるのか。こっちはモノのインターネット化、IoTってヤツだな。なんだこのくだり。

 目的地である地下2Fに到着すると、暗がりに電気が灯り、道を照らした。ここに研究室があるのだろう。見た目は地上とは打って変わって、ずいぶん地味な作りで……物が少ない。

 生徒は近づかない場所、という事なんだろうか。

「へえ、研究室って地下にあるんだな……あれ? この部屋の前にあるロブスターのポスターって、校門にあった校章のヤツだよな。なんかデザインが微妙に違うけど」

 俺は小部屋の入り口に貼ってある黄ばんだポスターの前で立ち止まった。どうやら何かの宣伝用みたいなそれは、絵柄がどうも古くさい。青ヶ氏はこちらを一瞥だけする。

「実はこの学校、移転や改装などの理由で使われなくなった施設の一部をそのまま建物に使っているんです。地上は新しく建てて、目につかない地下は使い回ししてコスト削減したって事ですね。ちなみにそのポスターのロブスターちゃんは、ホーリーズスクールを運営している企業のロゴになります」

「ほう。つまり前に運営してた施設をリサイクルしたんだな」

 中学の教科書にもそんな事書いてあったなーなんて思い出しつつ、研究室らしき大きめの部屋に俺らは入っていった。

 部屋の電気はもう点いていた。

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