【第一幕】 大きくなれなかったダイヤモンド
◆
彼が小学四年の、まだ寒い春の日の事。
少年の所属するサッカークラブ、FCカムイは、県内で開催されるサッカー選手権のジュニアカテゴリーでベスト8の進出を決める戦いに挑んでいた。
この選手権には、毎回参加するものの近年結果は振るわず、クラブの成績は予選突破出来るか出来ないかのラインだった。去年も32チーム中ベスト16で、弱くはないが、特別強くもない、という印象は拭えぬまま大会を去った。記録した最高成績としてはベスト8であるが、それはもう十年以上も前の事。優勝候補に挙げられる事もまずないレベルだ。
しかし、今年は他県のプロチームに所属していたユース選手が入った事や、強豪クラブとのマッチアップが避けれた事などが起因し、クラブ初の成績を収めていた。雰囲気はイケイケモードで、試合での監督の采配も当たっている。行ける。このままなら、初タイトルだって夢じゃない。
「いいか皆! 後半は北と空のツートップにしよう。相手はカウンター狙いだが、上手く機能してないし、このまま追加点取れば逃げ切れそうだ。ゆうきは敵の10番のマークだけ気をつけてくれ。それと、冬也がサイドに流されがちだから、ボランチがしっかりカバー入るように。よしよし、それじゃ絶対勝つぞ!」
監督の指示に小さな選手たちは頷いて鼓舞し合う――立ち上がり集中しよう、落ち着いて行くぞ、勝てる勝てる、と一体となって。
「おい、冬也」
相手チームが準備を終えるのを待っている少年の元に、同じセンターバックであるキャプテンの彼が話しかけてきた。
脚のストレッチしながら少年は「何すか」と答える。
「あの子、また来てるぜ。車椅子の」
「車椅子……あー。あの子あきの"同級生"らしいっすよ。前にあいつ言ってました」
相手のゴール裏で観戦しているとある少女を一瞥した少年。車椅子に乗って、自分の幼馴染みと笑い合っているその子は、時たまこうして、試合を見に来ているらしい。気付いたら帰ってしまうので話した事はないけれど、あの車椅子姿はさすがに覚えていた。
「あきちゃんと同級生って事は、お前も同じじゃん」
キャプテンの言葉に、少年は頭を掻いた。
「いやぁ、それが見た事ないんっすよね。学校に車椅子乗ってる奴、そもそも居ないし」
「なんだそりゃ」
「まあ、あいつなりの言い回しで、ただの知り合いって感じじゃないっすか」
車椅子の少女と自分の幼馴染みの関係について深くは知らない。ただ、この前尋ねた時に"同級生"と言われただけで、学校の違う"同級生"という意味合いとしか捉える他なかった。それ以上訊くのもなんだかしつこい気がしたので言及は避けたが、二人だけの事情がどうもあるようなのだ。
相手チームがコートに入ってくる。全員がポジションについて、主審と向こうのコーチとの話が終わるのを待つ。選手交代でもやるのだろう。
「しかしいいなぁ、幼馴染みの女の子がわざわざ試合に見に来てくれるなんて。羨ましいぜ冬也」
「ゆうきさんの方だって、女の子見に来てるじゃないっすか」
キャプテンはわざとらしく笑って少年の背中を叩く。どうやら"自分を見に来てる女の子"というのが可笑しかったらしい。
「あれは身内だぞ。女の子としてカウントすんな。しかもあいつ、目当てはオレじゃねぇし」
「目当て?」
「なんかよ、最初はオレを応援しに来てたけどその内近くの誰かさんの方が気になり始めたんだとさ。そんでわざわざ女の子っぽくなりたいからって髪まで伸ばし始めてんの。おもしれーやつだよな、あいつ。な?」
「いや、なんで俺見て言うんですか」
そこで、主審が戻って来たのを合図に会話が終わった。真昼のなだらかな春風ともに、ホイッスルの音がコートの中に響き、後半戦が…………………
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