【第一幕】 大きくなれなかったダイヤモンド

放課後の夕暮れの中、偶然帰りが一緒になったあきと俺は、帰路で今日の出来事を振り返っていたところだった。

「昔からとーやはロリコンだったもんね」

 が、なんでそんな嘘八百な事を言われてるのか。彼女もまた今日の昼時のアレを知ってたとしても、嘘は良くない。

 俺に幼女愛好の趣味はないのだから。

「おい、適当な事を言うな。俺はあんな小学生なんて好きじゃない」

「じゃあ誰が好きなの」

「そういう事では」

「なっちゃん?」

「だから」

 こいつお得意の誘導に辟易しつつ校門を出る。グラウンドでは大して強くない運動部たちが青春の謳歌を見せつけるかの如く、大きな声で何か言ってるのが聞こえる。校舎から漏れる吹奏楽部の"星条旗よ永遠なれ"はもう聞き慣れたものだ。

「誰だって両想いだって分かるのに、今更別の女どうって騒いでて、あたしは面白かったよ……目の前でチューされたのはアレだけどね。とーやもとーやで、無理やり振り解くとかすれば良かったのにさぁ」

「お前も知ってたのか。はぁ。あんなん予想出来んわ」

「まあ、あの人ぶっ飛んでるしね……昔から」

 僅かに零れた言葉に眉を潜めたが、そのまま流れる。生暖かい風が音を立てて吹いて、あきの短いスカートを揺らし、白い太ももが一瞬露わになって、目を逸らす。幼馴染みだけど、そういう目で見てしまう事も俺にはある。今より中学の時の方が敏感だったが、段々と昔みたいな女友達の感覚は抜けてきたのだ、もう普通の男女の仲と言っても良いかもしれない。

「あきさんよ」

「なに」

「あきさんや」

「何」

 眠そうな双眸を俺に向けて首を傾げられる。夕焼けが逆光になって表情が色っぽく見えた。

「お前、男女間の友情って信じる?」

 俺もどうしてこんな事を訊いたかは分からない。けど、俺はあきがどう思ってるか知りたかった。今日あったあの光景から昔を思い出して、どうなのかを。

「まったく信じないね」

 随分あっさりだった。

「どんなに友達だって思われてても、二人になりたいなんて言われたら、この人あたしに下心あるなって思うよ。きっと"そういう事"なんだなって」

「自意識過剰だな」

「君がにぶちんなんだよ」

 それだけ言って、あきはそのまま俺の前を歩く。珍しく周りに人はおらず、カラスの鳴き声が物悲しさを宿らせた。駅まで徒歩五分の距離だけど、電車の音は遠い。

「じゃあ、それってさ」

「うん」

「幼馴染みでも?」

 俺の声に、あきは振り向かない。

「そーだね。思うよ」

「ふうん」

「今も」

「ん?」

「思ってるよ」

 何が、と言うより前、あきは立ち止まって「あはは」と笑った。いつもの無愛想な彼女からは中々見れない、たまにだけ――俺にだけ見せる笑顔。目が合うとこっちも穏やかな気持ちになる。

「だからさ、あんまり近寄って欲しくないんだよね。君はさ、なっちゃんと幸せになるべきだから」

「そりゃ悪かったな」

「期待させるなら、バレないようにね」

 誰もいない路。少し歩けば駅の雑踏が見える。でも敢えて俺らは動かない。学校の方にも人気はまだ窺えず、二人だけの空間が夕焼けの下にある。

「笑わすな。お前は別の男に期待してろ」

「そのつもりだけどね。なかなか君らがくっ付かないから、踏ん切りつかないの」

「踏ん切り?」

「踏ん切り」

 再び吹いた生暖かい風を合図に、歩みを進める。目の前の街路樹は春の調べを奏でない。咲かない桜にあるのは開かない蕾だけ。近づく雑踏。到着する、駅前西口。広場のスピーカーからは良い曲ばかり作るバンドの曲が流れてた。

「あたしこれからバイトだから」

 駅の駐輪場にある自転車の鍵を解除しながら、「じゃあ」と手を振られる。あきは入学して直ぐにバイトを始めたらしいが、どこで働いてるかは知らない。知ってもどうにもならないし、探るのもアレだけど、いつの間にかなんだか、遠くなってしまった気がする。その内、俺の知らない男と付き合って、この町からも出て行って、お互いの事なんて忘れてしまうんだろうか。それは別に普通の事だし、俺がどうこうするものでもないけど、少しばかり胸が疼いた。

 遠くなる背中を横目で見送り、俺は少し暑い夕焼けの中、改札に定期券をかざした。

 電車はまだ来ない。

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