【第一幕】 大きくなれなかったダイヤモンド

訪れる沈黙。流れる食堂の喧騒。

 口に伝わる、淡い感覚。

 ――キスをされた。

 青ヶきはるに。

「…………」

「……んふ。はあ」

 大きく息を吐く青ヶ氏。伸びる唾液の糸を手で拭って、ニッコリと微笑んだ。

 な、な、なんて事を。

「まあこういう事をしたら良いんですよ」

「……良いんですじゃねえ」

「てへ」

「てへじゃねえ!」

 するりと俺から離れた青ヶ氏。ざわめいた、見ていた周りのヤツら。こいつなんだって事をいきなりするんだ! しかも、こんなオープンスペースで……なっちゃんもいる前で。

 おわた。

「もう一回します?」

「帰れ」

「あら不機嫌。んじゃあ、連絡先だけあげるので、何かあったらこちらにどうぞ。ではでは、お昼休みも終わりなのであでゅります」

 紙に書かれた電話番号を机に置いて、残ったホットサンドを口に入れてから出口へとスキップしていく青ヶ氏。痛い周りの奴らの視線。気まずい空気が流れる俺となっちゃん。

 どうしてくれるんだ、これ。

「……とーやくんってさ」

 なんだか諦めた顔で、なっちゃんが俺の足を蹴った。

「ロリコンだよね」

「おいお前何を」

「……まあ、その、大変なんでしょ。うん、分かってるから。特に抵抗しなかったとことか見るとさ」

「いやあれは突然で」

「まさか小学生に負けるとは。つらい」

 ダメージを負い意気消沈の様子で、ため息を吐かれる。足蹴りも弱く、俺が蹴り返すと僅かに反応してくれるだけになってしまった。今日一日災難続きなのは間違いなくヤツのせいだ。後で文句の一つでも電話で言ってやろう。そう思っているとちょうど昼休み終了を知らせるチャイムが鳴り、次々と他の生徒が席を立つ。仕方ないので、俺もなっちゃんと荷物をまとめて連れ立って食堂を出た。数名同じクラスの人間が俺らの姿に気付いたが、冷やかす者はいなかった。なんかそれもそれで調子狂う。

「……五限って、保健だっけ」

 とりあえず思い浮かんだ話題を振ってみた。

「あーうん。確か今日は保育の続きだったよ」

「児童学のとこか」

「そうそう児童学……児童……小学生……あ」

「いや本当ごめんてなつきさん」

 もうダメだ。変な方向に連鎖してる。俺は関係ない話題を見繕って誤魔化しつつ、教室に戻る。ぐったりしてるなっちゃんに一言かけて、自席へと……おい、なんだお前ら。目逸らすな。いつもの冷やかしはどうした。

「白元くん」

 俺の隣の席の女子がちょんちょんと袖を引っ張ってきた。今朝、なっちゃんと話してた吹奏楽部の女子である。

 なんで顔赤くしてんの。

「食堂で小学生の女の子とチューしてたって……ほ、本当?」

「あーせなる」

「へ?」

「ごめん、なんでもない」

 誰だ広めたヤツ。

「しかもそれが初めてがとうとか」

「そこまで知ってんのかい!」

「唾液の糸がいやらしく伸びてたとか」

「いやいやいや、なんだその伝わり方! 随分詳細に描写してんな!」

「次の保健は児童学だけど、その、抑えてね?」

「何を!?」

 とんでもない事を口走られて益々俺へのロリコン疑惑が高まる。やだもうこの学校のヤツら。こんなんばっかかよ。五限の始業チャイムなんてもう全然聞こえない。

 ……くそ、あのロリババアめ。

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