【第一幕】 大きくなれなかったダイヤモンド
青ヶきはるという少女は時を超えない少女である――というのはメディアの虚像で、実際は普通の病弱な女の子だった。
俺が彼女を知ったのはつい最近、もっとも過去の夢を見るようになった高校生くらい……正確に言うならば、高校生になる前の春休みくらいで、ネットで自身の睡眠具合について調べてた時だった。
小学生で気胸になった彼女は、入院生活の中で、ある日自分の体の成長が著しく遅い事に気付いたらしい。退院して何日経ってもずっと入院当時のもままの姿で、結局一年、二年と経過し成人した。成長停止の理由は医師に解明できず、異常もその後見られなかったのだ。
それをメディアがその発言を切り取って、青ヶきはるをどこぞのSF小説の主人公の如く、時を超えない少女などと囃し立てて一時的な騒ぎとなった、というものだ。
顔出し等は無かったのでそこまで表立ってはなかったけど、その界隈じゃ有名な人物であり、自身の身に起こった謎を解明するため独自に研究を進め、時たま講演を行なってるのも耳にした事はあった。研究論文もいくつか発表してメディアに取り上げられてた記憶もある。が、その本人にまさか本当にお目にかかれるとは思ってみなかった。
しかも講師という関係で。
「そう考えると、本来は覚醒状態を維持するためオレキシンを補給させるために、人は睡眠をするよう考えられます。居眠り病と言われるナルコレプシーの人はこのオレキシンが欠損しているためで、脳が無理やり睡眠状態に移行して急に寝てしまうようです……さて、先述の内容を睡眠の主目的として捉えると、人間の見る夢はあまり睡眠と関係しなさそうに思えますが、もう一点睡眠には役割があるのでそちらを見てみましょう。まずレム睡眠時には人間の記憶は――」
青ヶきはるはホワイトボードに図を書きながら説明を進めていく。あのランドセル背負ってそうな見た目と甘ったるい子供の声で難しそうな単語をつらつらと。挨拶の時のノリはどこに行ったんだろうと思わせるレベルだ。予備知識のおかげで講義内容は大して難しくないが、そっちばかりに頭が行ってしまう。
「という具合ですね。ここまでが前提になります。では主題の夢の話に行きましょうか。先述の通り、言い方は色々あれど、夢は睡眠の副次的ものと説明しました。じゃあ何故その夢というものを見るのかって話ですが、これは単に"覚えておかないといけない情報"を脳に定着させる行為が夢であるからで……あー、話長いですか? それこそ何人か眠そうですね。うーんちょっと手法を変えようかな」
授業が始まってから三十分。あのざわめきはどこへやら皆静かにノートをとっていたが、やはりここまで人数がいると眠くなる生徒もいるようで、うとうと船を漕いだり、頬杖のまま寝息を立てているのが窺えた。まあ、結構な情報量なので無理もないかもしれないが。
実際、隣のなっちゃんもさっきから太ももつねって耐えてるし。
「痛い痛い痛い痛い!」
俺も手伝っておく。
「……ではそこのあなたにしましょうか。ちょっとこちらへ来てもらえます? ええ、壁際のあなたです。彼女とイチャイチャしてるとこ申し訳ないですけど」
暴れてるなっちゃんをあしらっていると、青ヶ氏の声がこちらに向いたのに気付く。くそ。今ので目立ってしまったか。己の失態に頭を抱えつつ渋々腰を上げる。周りと後ろのあきの視線が痛い。あと、この子彼女じゃねえっすよ。
「どうぞ前へ。わ、結構背高い。えーと、一応お名前訊いていいですか」
前に出てきた俺に、青ヶ氏が見上げて尋ねる。近くで見ても本当子供って感じだった。全然成人してるとは思えない。
「一年の白元っす」
「ふむふむ。下の名前は?」
「冬也です」
「じゃあ、だーりんって呼びますね」
なんでやい。
「だーりんはちょいとここに座ってください。他の人たちは前のプロジェクターに注目です。今から人間の睡眠時に於ける夢、それにまつわる面白い装置を見せてあげます。いやぁ、これ結構すごいんですよ。メルカリで千円とは思えないです」
「おっと。なんか今やばいヤバイ単語が聞こえたんですけど」
そう言うと、何やら手元のタブレット端末を操作し、机にある機械を弄り出す青ヶ氏。一通り設定が終わるまで待ってると、日暮先生に一言して何かを持って来させた。一体何を事する気だ。確実に俺が影響するものと考えると、不安が胸を襲った。
「日暮先生。では、だーりんにそれを着けさせてください」
「りょうかいです。にしても、これネットで中古買いなんですか? マジで大丈夫なんです?」
「冷凍庫に入れておいたので大丈夫です」
「おー。じゃあ平気ですね」
そんな訳ねーだろ。
「というのは全部嘘でーす。わたしの手作りでーす」
「ですよねー」
「もちろーん」
「「あっはっはっ」」
謎のノリを繰り広げる二人。もう嫌だこの授業。他の生徒も誰も笑ってないし……。
一人呆れていると、日暮先生が持って来たそれを装着した。耳当てが付いた、ヘッドフォン形状のゴツい機械だ。頭部の箇所には小さな電極のようなものがあって、連結部にインジケーターが見える。左の耳当て部外側はダイヤルのように回せるようになっていて、下部の穴から出る細いコードで机のパソコンが繋がっていた。装着した感じはまんまヘッドフォンで、ズレないためのストッパーを耳の付け根に着ける以外、違和感は無かった。
「さてさて、只今だーりんに着けたのは、人間の脳内を映像で出力するスーパーな装置です。その名も"バニッシュ"。こちらは簡易版のプロトタイプですが、精度は折り紙付きで、人体に影響は及ぼしません。わたしの研究室にあるガチ版は侵食型なんで少しヤバイですが、これはただ脳の情報読み取ってパソコン側で映像に置き換えるだけですので、装着者が何かを感じる事は殆どないんです。精々耳が蒸れて不快ってくらいです」
その言葉を聞いて目を見開く。脳内の情報を出力する装置だと。なんだそのすごい物は。しかもお手軽過ぎるだろ。驚く俺に同じくして、つまんなそうに授業を聞いてた生徒たちも興味を抱いた様子だ。
「じゃあ早速やりましょうか。前提として、出力はあくまで"映像"として、ですので、脳内の情報を全て変換する事は難しくなります。脳の中って色んな情報でごちゃごちゃしちゃいますからね。なので、何か特定の、潜在的なまでに定着されている情報、もしくは強く印象に残っているモノにフォーカスし、これを検出、AIでパターン化を行い動的に補完のち、ビジュアライズします。まあ、その人の意識している内容を可視化する機械という感じですね」
「あれ、青ヶ先生。この技術って、結構前からありましたよね。国内の大学でもAIの映像化が成功したって聞いた事あります」
日暮先生の言葉に、青ヶ氏は指をパチンと弾いて頷いた。
「いえす。しかし、その当時の技術だとごちゃごちゃの脳内をそのまま視覚化するだけで、出力画像は大抵抽象画のような訳の分からないものばかりだったんですよ。人間の脳って、記憶や物体の形を曖昧に捉えるので、出力する際はどこかで"補正"しないとダメだったんですよね。それが今だと補正する精度が上がり映画並み……とまではいけませんが、はるか昔のVHSくらいにはなりました。さらにさらに、人が喋った言葉や声の調子、周りの音なんかも脳内情報から再現できてしまうんです。すっかりお馴染みになった、音声AIの発達と、この"補正"アルゴリズムの進化によってね。つまり大脳辺縁系が好きそうなムフフな妄想とかしてると、ばちこーんモロバレして人生終わるんで気をつけて」
おい、ニヤニヤして俺を見るな。
「まあ、妄想想像の類は出力に時間が掛かるのでやりませんけどね。ご興味ある方は授業後にでもどうぞ。YouTubeに投稿してあげますよ」
やめてさしあげろ、というツッコミはともかく、なんつうか、もう付いていけない世界であった。青ヶ氏は当然の如く話ているが、少し前まではオーバーテクノロジーであっただろう。なんなんだ科学技術。ここまで進んでとは恐ろしい。
……っていうかそんな科学の賜物みたいなものを授業の休憩に使っていいのだろうか。しかも俺装着してるんだけど。
関係者怒らねえかな。
「閑話休題。実践に戻りましょう。これから行うのは、今日だーりんが見た夢、それの出力です。脳に潜在的に定着している情報なら、夢として見てる筈ですし、何しろ今回の授業テーマですからね。だーりん、本日見た夢って覚えてます? 忘れちゃったら別に大丈夫ですけど」
「今日の夢……か」
数秒かけて思い出す。確か、小学生時代のサッカーやってた時の過去夢だった。それから、あきとなっちゃんとの思い出いくつか。
……うん、あれとか、これとか。
「昔の夢っすね。サッカーやってた時に、チームメイトに怪我させた時のとか」
「…………お、良いですね。一番やりやすいですよそれ。じゃあまず」
一瞬の間があったのに眉を潜めたが、特に表情を変えずにパソコンを操作していく青ヶ氏と日暮先生。なんだ? 過去の夢って言ったのが意外だったのだろうか。機械が起動音を上げて動き出すのを感じながら、そのまま様子を窺う。
「えーと。あーして、こーして、ふむふむ……あ、読み込んだ読み込んだ。よしよし……これですかね。サッカーっぽいやつありましたよ」
ピカピカする頭のインジケーターを見ていると、青ヶ氏がプロジェクターに映像をぼんやり映し出す。脳の情報を読み取るとか言ってたけど、本当こちらは何も感じないし、処理もかなり早い。凄まじい技術だ。蓄積された脳の情報を読み取るなんて、ただでさえ難しそうなのに。
「うーん、でもこの夢見た時、すぐにノンレム睡眠になってるぽいですね。音も入って来ないし、画像がぼやけまくりで……あ、良さそうなのあった」
プロジェクターに完全に出力されるまで待っていると、青ヶ氏が途中で出力させる内容を変えたようで、映像が切り替わった。同時、パソコンに繋いであった教室のスピーカーから音が鳴った。
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