【第一幕】 大きくなれなかったダイヤモンド
一限目の出席確認を終え代理の先生が帰ると、俺は授業用のタブレット端末を片手に騒がしい教室を出た。
自習課題は来週提出。故にこのまま朝方話に挙がった合同教室での授業、そこに向かうためである。
「どっかいくのー」
教室のドアを閉めようとした時だった。廊下側の一番前の席であるなっちゃんが、それを片手で静止してきた。行き先が気になるようだ。
「合同教室」
「はあ。なにゆえ?」
「暇だし」
「ふーん」
机に体を預けてつまんなそうな顔をされる。なんだなんだ、その顔は。
「とーやくん」
「なに」
「とーやくん」
「なんだよ」
「この後一緒にいたいな」
さっきの騒がしいやり取りの時とはまた違い、あくまでフラットな、何の気もないような口調が、俺の足を止める。私も連れてけという意味か。俺に少し嬉しそうな笑顔を向けた後、教室の方に向き直られる。けどこっそり開いた手を俺に見せて「五分後」の合図。了承も拒否もする間も無く、ドアは完全に閉じられる。
「困ったやつ」
いつからか、開き直ったような態度をするようになって、すっかり彼女はこの様であった。振り回されるのは前からだが、いいように扱われてる感は増した気がする。
歩いて階段を登る。三階から大教室群のある五階へと、コツコツ足音を響かせつつ。その際目に留まる廊下の大窓から伺える町並みに、俺は立ち止まる。学校の前にある大通りには街路樹が車道に沿って植えられており、名は桜の轍といわれてる。理由は街路樹全て桜の木だからという至極単純なものだが、この四月末、その桜通りにはなんの色彩もない。
――現在、桜は全国的に開花してないから。
「…………」
途中単位組の数人が、大窓の前で立ち止まっている俺を追い越し、「合同教室1号」の入り口へ向かっていく。それに付いてくように、俺も立ち止まっていた足を動かす。目的地はそいつらと同じ「合同教室1号」。
「隣来ないでよ」
自由席なため適当に空いてる椅子に腰掛けると、腰をつつかれた。
あきだ。
「いたんだ、お前」
「分かってなかったの」
「適当に座ろうとしただけだし」
「あっち行けあっち」
「冷た」
ずいぶんな扱いをされ、仕方なく一つ前の席に座ってやった。見れば、三クラスぐらいでの合同授業のようで、座席はそこそこ埋まっていた。中には俺の知り合いも何人か見受けられ、目が合って手を振られる。誰だっけあいつ。
「えーえー、じゃあ授業始めるよ。今日使うプリントは前のスクリーンにQRコード出しとくから、それ撮ってダウンロードしてね。一応イントラにも上げとくので、欠席した人にはそこから保存しておくように伝えるように」
不摂生な生活をしてそうな見た目の生物系講師、日暮先生が入ってきて呼び掛ける。授業の際、生徒は通常、入学時に配布される授業用タブレット端末を使用して教材を参照し講義を聞くシステムとなっているが、配布されるプリントや資料なんかは授業中に表示されるQRコードより自分の端末内にダウンロードする。紛失等の心配も無く、管理も容易になるので今までの紙媒体の教育よりもストレスは少ない。そのため生徒としては大変助かる限り。小中学校とはえらい違いだ。
さっそく授業タブレットでQRコードを読み取りプリントをダウンロードする。保存されたファイルのタイトルは"夢はなぜ見るのか"。これが今回の授業のテーマという事だろう。初めてこの授業に参加したが、結構ちゃんとプリントが作られていて感心してしまう。
「とーやさ」
タブレットのペイントアプリで何やら絵を書いてたあきが俺を呼んだ。
「こんなの、授業サボってまで聞きたかったの」
「まあな」
「なんで」
「色々あんのさ」
睡眠時の、夢。
俺がここに来た目的であり、今日学校へ来たと言っても過言ではない。仮に自習でなくても抜け出して聞きたかったほどだ。
そう、俺は、高校に入ってからの約一ヶ月ある現象に悩まされている。
今朝方のように過去の夢を連続して見るような現象に。
「へいへーい。レジュメ、あー君らにはプリントか。どっちでもいいけど、手元にあるかい。ダウンロード失敗した人は印刷したのをあげるから前においで。授業後に言われても日暮税かかるからねー。早めによろしく」
日暮先生が部屋を見渡して確認を終え、印刷して来たであろうプリント束を置く。徐々に静まる教室。ホワイトボードに書き出される文字。そして開く教室のドア。現れる人影。
「あーら遅刻かなキミ。QRコードしまっちゃったじゃないか。印刷ので我慢してね。ほら早く席つけよー」
「あ、はは、すみません……」
「よろしくー」
入ってきたその女生徒はプリントを受け取り、少しキョロキョロして、俺らの存在に気付くと「あ」と口を開ける。周りから注がれる視線も介さず、なにやらニコニコしてやがる。こら手を振んな。
「おー彼氏?」
そしてぶっこむ日暮先生。
「ち、違います」
「まーどうぞ彼氏のお隣へ。キミが席ついたら授業再開するから」
軽く笑いが起こる中、その本人がそろりとこちらに駆けてきて、俺の隣に座る。本当に隣に来たのかよ。つうか五分ピッタリってのもすごいな。
「来たよー。あきちゃんもいたんだ」
「この泥棒猫が」
これ言ったのは後ろのあきだ。
「ちょっ、言ってないからっ! やめて嘘言うの!」
「心の声を読み上げるサービス。月額500円」
「絶対いらないよっ」
「ヒュー、さぶすくー」
こそこそあきとやり合い始めた遅刻の女生徒は、皆さんご存知のなっちゃんだった。二人とも俺と同じく、お互いに幼馴染みに当たるため仲が良いのは知っての通りだろう。まさかあきがいるとは思ってなかったようだが、楽しそうに戯れあってる。
「わざわざ来るなんて変だと思ったけど、こういう事ね。いいよいいよ、あたし慣れてるから。あー席移そうかなー」
「いいから変な事しなくって! 普通に授業受ければいいじゃん」
「ふうん。じゃあ、あたしの前でとーやとイチャイチャしないでよ。見ててムカつくぞ」
「しないよっ」
「よろー」
もはやお前らが隣同士でいいんじゃないかって思って眺めてると、何故かなっちゃんに肩パンされた。なんだよ痛えな。やり返す。「あ今胸触った」触ってねえよ。「言ったそばからイチャイチャしてる」してねえよ。仕方なく前を向いて授業の再開を待つ。うわ、日暮のやつまだこっち見てやがる……おい微笑ましいみたいな顔すんな。
「さーて、さーて、本日合同になったのは他でもなく、特別にある人に来てもらったからなんだよね。ボクの居た学会で仲良くなったんだけど、まあ凄い人なんだよ。だからちゃんと聞いてね皆。議題はプリントにある通りだから。んじゃ、お呼びするよ」
独特の間で喋り終わると、プロジェクターを準備して教員用の部屋に何やら話しに向かう。同時に中から小学生くらいの女の子が出て来てせっせと資料らしきものを教員机を持っていく。お手伝いなのだろうか。それからパソコンやらタブレット端末を並べて、最後に床に踏み台用の箱を置き、そこに立った。
あれ、まさか。
「はいじゃあ、青ヶ(あおが)先生です」
おそらく、大半の生徒が信じられていないだろう。
目の前の、栗色の髪の小学生らしき女の子の授業を受けるなんて、誰も思いもしなかった。
ある意味、俺含めて。
「あーあー、へろう、皆さん。えーわたくしがご紹介に預かりました青ヶです。あ、どーも。へへ。いやあ、こんなにいっぱい人がいるだなんて、テンション上がって来ますね! あはは、って事で今日はどーぞよろしく!」
捲し立てるかのような訳のわからんテンションと子供らしい可愛い笑顔を振りまいて、丁寧なお辞儀をされる。まばらな拍手。聞こえるざわめき。どうなってるの。なんのサプライズ? 皆口々に己の置かれた状況についていけず呆然としている。当たり前だ。さすがにこれを受け入れられるやつは多くないだろう。
……あの小学生が、本当にこの道の専門家だなんて、知らない限り。
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