【第一幕】 大きくなれなかったダイヤモンド
◇
教室に入ると、俺の座席に座って近くのやつらと談笑する女子の姿が目に入る。
とりあえず、髪をわしゃった。
「わー! やめてやめて!」
肩甲骨くらいまで伸びた髪を「あーあー」言いながら急いで直す女子。なんでここに座ってんだろうこの女。朝よくやってくるけど、正直それ迷惑と思われる事は考えないのだろうか。
あと毎回髪わしゃして追い返してるけど、懲りずに同じ事やってくるのもなんなのか。
「柑橘系のシャンプーは人類の賜物だよな」
「う、う、変態がいた」
「早くどかなければ膝に座るぞ。IF +Then構文だな」
「逃げなきゃっ」
そいつと騒がしくやり合って俺の席から追い払うと、近くの女子の膝に座って俺を蹴ろうとしてきた。お前は小学生か。スカート丈膝上なの忘れてんじゃねえのかってくらいの勢いだった。座られてた女子の手で抑えられ、ようやくその心配がなくなる。
「なっちゃん」
「なーんだよう」
「おは」
「おっと、最初からそれだけで良かった疑惑ですね」
なっちゃんだった。
なつこだか、なつきだか覚えてもらえないのは、皆でなっちゃんと呼んでいるから……っていうか、俺がこのクラスで最初に言ったのが原因なので、俺がなっちゃんと呼んだから。
この女が、この女こそが、例の――件の、幼馴染みセカンドシーズン。
そう、なんとまあ、幼馴染みツートップが学校に揃い踏みなのである。マンモス校恐るべし。
なっちゃんは、鳴り出した始業チャイムに合わせて自席へと帰っていく。その際クラスの何人から和やかな挨拶と冷やかしが飛んだ。
「朝から熱いな、お前ら」
「熱いな」
周りの男子どもがにやけ面を提げて俺の肩を触る。ええい、いちいち触るな気色悪い。
「今年も既に暑いしな」
「確かに暑いな」
「胸まで暑いな」
「不思議だな」
「不思議な?」
「不思議な」
「「夏ですー」」
ついでにキャンディーズっぽい冷やかしが聞こえたけど、お前ら暑中お見舞い申し上げますの時代に生まれてねぇだろ。
別のやつが言う。
「しかしあれで付き合ってないとかすげーな、"とーやくん"よう」
わざとらしい発音だ。なっちゃんのせいで俺は冬也くんではなく"とーやくん"になってしまった。音自体は変わらんけど、なんかむず痒い。
「うぜーなその言い方」
「"とーやくん"、"とーやくん"。かぁーっ、イチャイチャしやがってよ!」
特に野球部の坊主頭が凄まじくうざかった。小学校は彼女と違ったので問題なかったが、中学時代同じ学舎なため顔を合わせる度こんな感じの事をやられたのを思い出す。けど、それでも懲りずに絡んでくるなっちゃん。なんなの。なっちゃんなんなのその芸人みたいなスタンス。本当意味分からない。
「好きでこんな関係になってんじゃねえから。大体、これはなっちゃんがチキンだからであってな」
「ほほう、そのチキンとは?」
俺は今日夢で見た、奴との懐かしき記憶を思い出した。高校に入ってから頻発して見るようになった過去の夢。それは今日も今日とて俺を悩ましている。これも本当なんなのか。
「いやな? 小学生の時に祭り一緒に行って花火してたらいきなり、"知ってると思うけど、私さ、とーやくんの事……"って」
「い!!」
前の方で奇声が鳴った。
朱野さんの席だった。朱野さん家のなっちゃんの席。ちなみに下の名はなつきなのでなっちゃん。テストには出ない。
「やめろやめろ! 思い出すだろー!」
足をパタパタして悶えるその子供っぽさは未だ抜けてない。っていうか、いつも通りだ。
「中学の時なんてよ、クリスマスにわざわざ呼んだくせに、直前で」
「ちょっと! それ言わないって約束でしょ! 裏切り者めっ! わ、いった!」
ぷりぷりし過ぎたせいか机に足をぶつけてる。何してんのあの子。
その様子に、女子たちは苦笑いして男子はニヤニヤ。
ふむ。だが、あんまやり過ぎると仕返しされるしやめとこう。色恋のあれこれ故に、相手に回すと一番厄介だし……。
「っていうか、そもそも、小学生の時はそっちから手握ってきたんじゃんかあ!」
あーせなる。
「なーにが"暗くて見えなかった"だよー! 見えたくせにさ! 肝心な時にいつも誤魔化すんだからっ」
「いにゃき(奇声)」
「その後もまた誤魔化したの私覚えてるからなー! "俺もなっちゃんの事……"って言ったくせにこの男ったらさ」
「すんませんもうやめて」
それ以上言及されると困るので謝った。ごめん、掘り返して。そんでもう許して。とーやくん死んじゃうから。
立場逆転され、男子はイライラ、女子はニヤニヤ。
また冷やかしも飛んでくる喧騒の中、それを黙らせるように担任が入ってきて落ち着きが戻る。入学してから一か月。こんな感じで俺のクラスはあの女のせいで今日も騒がしく、付き合う付き合わない云々も、高校になってもまた遠回りしそうな雰囲気だった。
"叶わない"あいつがいて。
"敵わない"あいつがいる。
そしてまた、"かなわない"やつが――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます