第3話「ちょっとがんばった」

「あの、お昼、一緒に如何ですか」

 言うまでもなく昼休憩の事である。私は裕美をお昼に誘う。先日誘われた時に警戒で応えた自分には悪いが、過去の事を悔いても何も変わらないし、場合によりけりだ。こっちには弁当箱を返すという重大な任務がある。

「分かりました。行きましょうか」

 落ち着いてそう返すと手早く準備をして立ち上がる。全く、こうして人前ではしっかりした理想の上司といったイメージになる彼女が、私の前では甘えきったそれになるのだから、人というのはよく分からない。

 そんな事をぼんやり考えつつ、彼女の手元を見る。弁当箱は――ない。

「よかった。弁当箱、1つしかないんでしょ」

 そう言って、裕美に弁当箱を渡す。中には私の手作りご飯入りだ。案の定前の話と違うその重み、中身に驚いて私と弁当を何度も見つめている。してやったりだ。

「これ、私の為に頑張ってくれたの?」

 当然その通りであり、その事に何も感じていなかったはずだが、裕美に改めて確認されると、急に恥ずかしさが込み上げてくる。裕美の為に、しどろもどろになりながらも料理をしたという事実が、どうしようもなく恥ずかしい。

「まあ、律儀に返さないと、上司の優しさでしたし」

 そう言い訳する自分の口が震える。ああもう、なんで作ってきてしまったんだか。我ながららしくない。

「ありがとね、澪ちゃん」

 何が一番らしくないって、感謝する裕美の笑顔に、報われた気分になってしまうことだ。

 結局、ここ数日の件は、私の負けだった。

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