直進

アール

直進

「もう次は来るんじゃねぇぞ」


「はい、ありがとうございました」


御伽話に出てくる魔王の住む城のような雰囲気漂う巨大な建造物。


その門の外側で2人の人物が言葉を交わしていた。


1人はかっちりした制服のようなものを着ており、腰には何やらトゲのついた黒い棒を携帯している。


そしてもう1人の方はボロボロの服を着ており、乞食というイメージがぴったりな老人であった。


「まぁ、お前は模範囚だったからな。

こうして早く出られた。

これから始まる新たな人生、楽しんでこいよ」


「はい。

私はもうすっかり改心いたしました。

ここにはもう2度と来ないことを誓います。

本当に、本当にありがとうございました……」


模範囚と評されたボロボロの老人は、何度も何度も

そう言って頭を下げた。


その様子を刑務官は満足そうに見つめた後、不意に思い出したかのように、服のポケットから地図のようなものを取り出すと、老人に向かって言う。手渡した。


「そうだ。

これから直ぐにへいけ。

知っているとは思うが、罪を償え終えた者の為に、うちは人生復帰の手伝いをしてやってるんだ。

説明等は行けばわかるからな」


そう言って刑務官は地図に書かれていたある地点を指さした。


老人はそれを見てうなづく。


「分かりました。

何から何まで有難うございます……」


こうして老人は地図を頼りに、指定された場所を目指して歩き出した。


やがて目の前に大きな建物があらわれる。


どうやらここが指定の場所らしい。


入り口らしきドアを見つけ、老人が入ろうとすると、入り口に座り込む一つの影が目に入った。


近づいてよく見てみると、相手も自分と同様に服がボロボロであり、老人であることが分かった。


まさかと思い、老人は声をかける。


「……もしかして。

あなたも今日出所されたのですか?」


相手が顔を上げた。


白い髭を蓄えており、どうやら彼とほぼ同年代らしい。


相手は言った。


「……え、ええ。

もしかして貴方もですか」


老人はうなづいた。


すると相手の顔がパァッと明るくなる。


「良かった。

実は情けないことに、心細かったのですよ。

何年も何年も塀の中にいたので、いざ自由になってみると不安で仕方がないのです。

あの中に戻りたい、とまでは言いませんが、本当に心細くて……」


よほど寂しかったのだろう。


こっちの反応などお構いなしに相手は言葉を続ける。


それにしても饒舌な舌を持つ男だ。


相手の話の終わりを待っていてはキリがない。


無理やり老人は話に割り込んだ。


「刑務官から人生復帰の手伝いをしてもらえる、と聞いてやってきたのですが……」



「……ああ、そうみたいですね。

そうだ、これも何かの縁です。

一緒に中に入りませんか?

何度もいってすみませんが、1人ではどうも……」


相手の思わぬ提案に一瞬、老人は戸惑ったが直ぐにうなづいた。


1人で行動をするのに不安を感じていたのは老人も同じだったからだ。


2人はガラスの扉を押して中に入った。


そこは直ぐ廊下になっていた。


そして奥に札が立っており、


「このまま廊下を直進して下さい」


と書かれている。


二人は指示されるままにズンズン廊下を進んでいく。


すると再び奥にガラスの扉が現れ、その近くにはまたもや札が立っていた。


「お1人でやってきた方も、複数人でやってきた方も大歓迎。

この度はご出所、おめでとうございます。

引き続きお進み下さいませ」


2人はその指示に従い、再び廊下の奥に向かって進み始めた。


するとまたしても再び扉が現れた。


もちろん、脇には札が立てかけてある。


「おいおい、妙だな。

またしても扉が現れましたね。

一体この建物には扉が何枚あるんだか……」


「そうですね。

私も歳のせいか、だんだんと腰が痛くなってきた。

そろそろ椅子に腰掛けたいものですね……」


2人はそう文句を言いつつも、看板の文字へ視線を向けた。


そこにはこう書かれてあった。


「ご高齢のお客様。

もう少々辛抱して頂きたく存じます。

本当に申し訳ございません。

引き続きお進み下さいませ」


2人はその文字を見て顔をしかめたが、進むより他はなかった。


再びズンズン奥へと進んでいく。


するとまだまだ目の前に扉が現れた。


もちろん立て札も。


そこにはこう書かれていた。


「まだ腰が痛いですか?

少し体を動かしてみて下さい」


立て札の言葉に2人は首を傾げる。


「これはいったいどう言う意図の指示なんだ?

何十分も歩かせているくせに。

腰なんてとっくに悲鳴を上げている……」


そう言いながら2人は軽くストレッチをしてみた。


そして驚愕する。


痛くない。


いや、と言うよりも腰が軽いのだ。


まるで何十年前の若さを一気に取り戻せたかのように。


2人はその事実を言葉で共有しようと、顔を見合わせる。


しかし、その口から言葉が出ることはなかった。


いや、出せなかったのだ。


何故なら、その変化は気のせいではないと気付いたからである。


二人の髪は黒く、そして濃くなり、シワも減っている。


どういう作用でこうなったかは分からないが、二人は確かに若返っているのだった。


活気が体内で湧き上がってくる。


2人は無言で、しかし笑顔で目の前の扉を開けると廊下の奥へと走り始めた。


原因は分からないが、廊下の奥へ進むことによって若返っているのは確かなのだ。


早くもっと次の変化が欲しい、欲しい!


やがて再び、何度目かの扉が現れた。


しかし、今回は立て札はない。


2人は慌てて顔を見合わせた。


やっぱり2人は若返っている。


しかも先ほどよりも急速に進んだようだった。


シワは完全になくなり、皮膚には張りと艶がある。


60代後半であった2人の老人は、今や20代後半の若者へと変化していたのだ。


……もっとだ、もっと若返りが欲しい!!


2人は再びドアを開け、我が先にとばかりに廊下の奥を目指して駆け出した。


もはや若返り以外のことは目に入らない。


何故このような若返りという不思議な現象が起きているのか、疑問にすら思わなかった。


やがて前方に扉と立て札が見えてくる。


かなり奥にあるのだが、若返って視力が良くなった2人には、立札に書かれた文字まで見えた。


そこにはこう書かれていた。


「これが最後の扉となります。

扉を開けた先でしばらくお待ちくださいませ。

本当に、お疲れ様でした」


2人はドアを開けようとしたが、床に倒れてしまった。


体が完全に幼児となっており、立つのも困難になってしまっているのだ。


それでも何とか壁に寄りかかって立ち上がると、ドアノブを下げ、扉の奥へと転がり込んだ。


しかしそこは明かりひとつない暗闇。


「誰か、いないのか」


「おうい、あかりをつけてくれ」


声変わりをする前の甲高い声で2人は呼び掛けたが、返事を返してくれる者は誰もいなかった。


先に行こうにも真っ暗闇で何も見えない。


不安になった2人は引き返そうと思い、揃って後ろは振り返った。


だが、ここで思いがけないことが起こった。


何と入ってきたはずの扉が無いのだ。


まるで元から何もなかったかのように、綺麗さっぱり消えている。


これには2人も面食らっていた。


「という事は、まさか……」


「閉じ込められた……?」


2人はすっかりパニックに陥った。


助けを求めて声を張り上げたが、誰もやってきてはくれない。


明かりひとつない暗闇の中で、2人はしばらく泣き続けたが、その声もある時不意に途切れた。


やがて暗闇に包まれた部屋の中に残るのは静寂だけ。


だがその状況はある時を境に終わりを告げるのだが、それはまだ先の話であった……。














「おめでとうございます奥様!

ご懐妊です!

元気な双子の男の子ですよ!!」


とある病院の一室。


医師はそう興奮した声で夫婦に向かって言った。


夫婦は顔を見合わせ、喜びの声を上げる。


そして揃ってお腹をゆっくり、そして優しく撫でた。


まるでこの世に誕生してくれた愛しの我が子2人を可愛がるかのように。


だがこの2人の夫婦は知らないのだ。


身籠った2人の子供が実は、地獄にて罪を償え終えた元囚人の生まれ変わりである事を……。




















































































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直進 アール @m0120

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