第5話 花の都の住人

 私たちの住む都市は花の都と呼ばれ、国内だけでなく諸外国からもこの花の都は芸術の学び場として多くの人が足を運ぶ。

 花の都は列強のセーレ王国の中心近くの山々に囲まれた平野にあり、四季折々多種多様な花が咲き乱れている。

 この花の都は私たちの自慢であり誇りだ。

 そして自分たちがその誇りに相応しい人間になれるように研鑽し花の都は美しさを増していくのだ。


 この花の都に陰りが見えたのはほんの数ヶ月前からだ。

 世界的に有名な未来視の使い手であるハイエルフのエル・デ・バングル・テリア導師が一年先までの魔王達の動向を調べた時に何も見えない暗闇だと言ったのだ。

 未来視というのはあまり万能ではない。

 使い手本人が見ることになる未来の可能性を覗き視る魔法であり、本人の知らないことはわからい。

 そしてその未来で当人が死んでいれば見ることができないのだ。

 しかし導師はハイエルフという長い寿命をもつ種族に生まれ、未来視だけでなく攻撃の魔法に関しても並の魔法使いとは比べ物にならない力を持っている。

 そんな導師が更にドワーフの鎧に身をかためた兵士や獣人の斥候が警戒する在所不明エルフの聖域の奥深くに潜り込んでいるのだ。

 情報を伝えるのも冗談みたいな手順を沢山踏んで届けられるらしい。

 そんな導師を殺すことなど誰に出来るのだろうか。

 そして導師のその言葉から数日後には各国からお抱えの未来視が未来を見ることができなくなったという。

 これに警戒した各国は世界に未曾有の危機が迫っているとして各地に兵を派遣して様々な事を調べ始めている。

 いかに平和な花の都とは言え警戒は必要だった。



「ゼラ、みてみてマリーゴールドが満開よ!」

「あら、綺麗ね」

「えへへ~でしょー?」

「ネラも頑張ってたものね」


 寒かった冬も終わり、春の季節がやって来た。

 世間では色々騒がれていて余裕を失っているが私たちのように花を美しいと思い慈しむ心を持ち続けることが最も大事なのだ。

 ネラは今年で14歳になる妹だ。柔らかな金髪に天真爛漫な性格をしていていつも場を和ませてくれる。

 ネラは去年から花屋さんになりたいと母に種を買って欲しいと願って育て始めている。

 ただ漠然と将来はいい方に向かうだろうとそう思っていた。


 太陽が燦々と輝いていたはずなのに急に暗くなる。

 お天気占いでは今日は快晴だったのに雨でも降るのだろうかと空を見上げると太陽がいつの間にかできた分厚い雲に遮られていた。

 その光景を眺めていると壁の外に向かって男の人たちが武器をもって駆けていく。


「ゼラ、ネラ家に...いや都に逃げな」

「おばあちゃん魔法の杖なんかもってどうしたの?それにいきなり都にって...」

「いいから言うことをお聞き!都に着いたらアンケルを頼るんだ、いいね?」


 有無を言わさぬ祖母の口調になにかあったのかと考える。


「わ、わかったわ」

「う、うん。でもおばあちゃんは?」

「あたしは後から行くよ...」


 祖母は聞いた話では昔冒険者だったらしい。魔法を使って沢山冒険して花の都の美しさと後の祖父に誘われて40年前にこの村に住むことに決めたらしい。

 だから普段は優しい祖母だが、怒ると誰よりも怖い。そして今の祖母の顔は今まで見たことのないくらい険しい顔だった。


 そしてこの数十分後、私たちの村は地図から消えることになる。


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