遅すぎたお金 お題:「遅すぎたお金」
袋小路の突き当りにある商店から逃げた強盗が、こちらに向かって、走ってきていた。
近くの交番に勤めている警官であり、通報を受けて駆けつけたジー野は、相手に対して叫んだ。「止まれ! 止まるんだ!」
しかし、強盗は止まらなかった。
「クソが! ぶち殺してやる!」
ジー野はそう喚くと、腰のホルスターからリボルバーを取り出した。相手に銃口を向けると、トリガーを何度も引いた。
ぱん、ぱん、と銃声が鳴り響き、ひゅん、ひゅん、と弾丸が発射されていった。しかし、強盗は、飛んでくる弾丸を、自分に当たる寸前にまで引きつけてから、ばっ、ばっ、と左右にジャンプして、躱した。
「銃弾だと、避けられてしまうか……なら、これならどうだ!」
そう叫ぶと、ポケットから財布を取り出した。小銭入れのスペースから、五十円玉を取り出す。間髪入れずに、それを、強盗めがけて投げた。
ジー野は、なにも、野球のピッチャーとしての才能や経験がある、というわけではない。硬貨は、ゆっくりとした速度で、相手に向かって飛んでいっていた。
相手は、癖なのか、立ち止まって、五十円玉を、じっ、と凝視し始めた。弾丸と同じ要領で、寸前まで引きつけて、左右にジャンプすることにより、躱そうとしているに違いなかった。
「おらあっ!」
ジー野はその場を駆け出して、相手との距離を一気に詰めると、そう叫びながら飛びかかった。強盗は、五十円玉にすっかり注意を向かされてしまい、こちらに気がつかなかったようで、あっさりと確保することができた。
「ふー……手を煩わせやがって……」
ジー野は、強盗をふん縛ると、右手の甲で、額の汗を拭った。
「ちょいと、ジー野さん!」
そんな声が聞こえたので、振り返った。恰幅のいい中年女性が、仁王立ちしていた。
「げっ! 八百屋の奥さん!」ジー野は目を丸くして叫んだ。「強盗の入った商店って、あんたの所だったのか!」
「そうだよ! 犯人を捕まえてくれたのは嬉しいけれど、あんたがあたしの所にツケているお金、いつになったら払ってくれるんだい?!」
「え、ええと……ほ、本官は、他の仕事がありますので、これにてっ!」
ジー野はそう叫ぶと、くるり、と奥さんに背を向け、その場から、すたこらさっさ、と逃げ出した。
彼女は、だだだだだ、とこちらを追いかけながら、叫び出した。「早く、ツケを払っておくれよ! 遅すぎなんだよ、お金が!」
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